第102話

オレはあの日まで一人称が『私』だった。

しかも髪型も長髪でそれをポニーテールにしていた。

あの日、オレが真司兄さんの部屋を掃除していた時に偶然だが隠してあったノートを見つけた。

そこに書かれていた兄さんの夢を見て、あの時のオレは心打たれた。

そして、その日の夜に俺は家族に兄さんのノートを見せて、オレがその夢を叶えたいと伝えた。

だが、その言葉に返ってきたのはいい返事じゃなかった。


『貴方はまだダンジョンの怖さをよく知らないし、何より貴方は女性なんだから無理しなくてもいいのよ!?』


そう母さんに言われ父さんからは、


『そうだ、お前は確かに戦えるジョブだしスキルも強い。

だが、俺は親として自分の子であり女性でもあるお前をダンジョンへ行かせるのは嫌だ。

この話はもっと頼れる人に…』


こう言われてしまった。

そして何を反論しようにも、まず『女性』である事を第一に言われて会話にすらならなかった。

そしてその日にはダンジョンの件は決着がつかなかった。

そしてオレは何日も何日も両親を説得するが、帰ってくる言葉は『女性があんな所に行くのはあぶないからやめておけ』の一点張りだった。

そしてそんな日々が三ヶ月くらい続いたある日、オレは一大決心をした。

オレはその日の朝、朝食を食べようと集まった家族全員が集まる時にカッターとハサミを持って家族の所に向かった。そして何故それを持ってきたのかがわからない両親の前でオレはまず最初に自分のポニーテールをその場でハサミを使い、切り落とした。

そしてその光景に唖然としている両親の前で次に自分の顔をカッターで切って傷をつけた。

そしてその場で顔から血を流しているオレは顔面蒼白になっている家族を前にして、


『父さん、母さん。私は決めました。

女性であるからダンジョンに…真司兄さんの最後の夢を叶えるのを諦めろと言うのであれば私…いや、『オレ』はもう結婚も恋愛もしない。真司兄さんの最後の夢を叶えるのために女性である『私』を捨てる!』


ハッキリとした意思を込めてそう言った。


「…」


そしてオレはゆっくりと手を動かして顔の傷があった場所を触る。

その発言を機にまるで爆発したかのように素早く家族が騒ぎ出して大変だった。

結局、顔の傷は正兄さんが持ってきた青いポーションで跡も無く完全に治ったが治った後直ぐ父さん達から長い説教を受けてしまった。

しかし、その行為が正兄さんの心を動かしたみたいで兄さんも父さん達を一緒に説得してくれるようになった。

そして数日後には父さんが折れ、最後に残った母さんもその次の日には条件付きで納得してくれた。

その条件とは…


「『自分で言った事だから、もう貴方を女性とは認めません。そのつもりでダンジョンに行きなさい』…だもんな…」


完全に家の中でも『女性』である事を捨てる事、つまりは恋愛も婚約も結婚も許さないと言う事だ。

無論、オレもそのつもりで発言したので縁談騒動までオレは完璧に女性である『私』を捨てていて、存在すら忘れていた。

確かに、ダンジョン配信を始めてから沢山の男の人には言い寄られた。

『結婚前提でお付き合いして下さい』とか『オレの女になれ』とか『自分を飼ってください』とかどれだけ言われたか分からない。

でも、オレはその全てを断った。相手がどれだけイケメンでも、お金持ちでも、相手が真に本気だったとしても、オレはその全てになびかなかった。

しかし…


「渉…君に出会ってから『私』が出てくるようになっちゃったんだよ?」


あの日、秋葉原で渉に助けられてからオレは少しずつ変わってしまった。

渉はオレの叶えたいと言う気持ちに素直に共感してくれただけじゃなく全力で障害になる事を解決してくれた。

そして、会議の後から渉と会うたびにどんどんオレの捨てた筈の『私』が表にでてくるようになった。

正直、かなり自分でも混乱している。オレも気づいたら勝手に『私』が出てきているから後で恥ずかしさの余りその場で悶絶する位だ。

そして、俺は最近よく思う事がある。

もし、昔から渉と知り合っていたら?

もし、真司兄さんのノートを見つけた時点で渉に相談できたなら?

もしかしてオレは『私』を捨てることはなくオレは『私』のままで此処にいられたんじゃないかって。


「…渉…」


オレはゆっくりとまた手を動かして渉の腰に回して更に密着する。


(…もしこのダンジョンを攻略して、オレの夢が叶った時…たぶんオレは…私は…)


そして、オレはそう思いながらも彼から感じる存在感にどんどん心から安心していくのがわかった。

そしてそれと同時に眠気も強くなっていくのも感じた。


「…おやすみ…渉…明日も頑張ろうね…」


オレはそう言いながら強くなる眠気に身を任せる型で眠った。


(もし、このダンジョンを攻略してから君に何かあってもオレは…『私』は絶対に君を守るからね…)


最後に、そう思いながら。


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