第78話

『お前は回復の効率化を考える前に常識を考えろバカ息子が!』


これは、俺が回復薬βの件がバレた時にその場でヘッドロックを受けながら言われた言葉だ。

あの日、俺も参加していた会議で俺の要求した条件についての話になったので、俺の人体総変異のデメリットとそのデメリットの緩和目的で無痛針の注射器型の回復薬βを製作する為だと言わざるを得なくなってしまった。

そして、その話をし終わるといつの間にか後ろに立っていた父さんにヘッドロックを決められた。

更に俺は同席していたギルド職員達にヘッドロックをかけられながらめちゃくちゃ怒られてた。

俺がこの薬を作った場合、かなり強力な薬の為今作ろうとしている量産型回復薬αの需要を根本的に失いないかねない事態になるから製作はやめてくれと怒られてしまったのだ。


「まあ、そのおかげで作ろうとしていたのよりもいい物になるんだし、結果オーライじゃない?」


桜がそう言って笑顔になりノートを机の上に置いた。

一応、回復薬β作らないと俺がやばい事になるので必要な事だと熱弁すると、妥協案としてギルドが準備した針なし注射器に月神製作で作った回復薬βを入れて俺がそれを買う形でなら許可すると言われた。

針なし注射器は聞いた事が無かったのでどういう物が聞いてみた所、その名の通り針を使用せずに薬液を皮下に投与することができる物らしく、原理としては使う際にまずは先端に付いている極薄のシートが皮膚に張り付き、その後薬液を打ち込む際にでる衝撃波で皮下組織まで薬剤を届ける、注射器を離すと同時にシートも剥がれると言う感じらしい。

これには痛みは無く、子供や先端恐怖症の患者にも使えるから大量に生産されているから安定して手に入るそうだ。

それがこのアルミ製の箱に入ったボールペン型の注射器であり、今回は試作品として3本用意してもらった。


(これが、材料費と注射器代とその他もろもろで最低1本90万は高い様な気がする)


大体この薬は軍用品、もしくはギルドが認めた人物のみに販売する予定で現在父さん含めて数人で量産型を研究しながら作っている。

そしてその一部の人に売る際の現在の月神製薬とギルドが提示しているのが最低90万から、理由としてやはり薬の材料の冬虫夏草と軍用で使い捨ての針なし注射器が高いからだそうだ。

しかし、今後の研究でこの最低金額は下がる可能性がある為父さん達には頑張ってほしい。


「…どうしたんだい?」


俺が蓋を開けて中身を凝視していると、桜はこちらを心配したのか俺に話しかけてきた。


「…ああ、スマン。考え事をしていた」


「そう、なら早速ノートを確認してもらえるかな?」


俺の言葉に桜は机の上に置いたノートを指先でつっつきながらノートを確認するように促してきた。


「すまん、今すぐ確認する」


俺はそう言うと箱の蓋を閉めて俺の脇に置き机のノートに手を伸ばす、それを掴むと中身を確認しだした。


「…」ジ~


「青春だね~、眼福眼福♪」


俺がノートの内容に集中している姿を桜が片腕をつきながら優しい目で見てくるのも、床から上半身を出しながら食後のコーヒーを持って来ながらアンジーさんが何か言っているのも、今の俺には関係なかった。


「…マジかよ、予想以上だなこりゃ」


「ふふ、そうでしょ?それは真司兄さんの努力の結晶なんだから」


そう言いながら何かの飲む桜の声を聴きながらも俺は目の前のノートに集中する。


(浅層から中層の道筋や各ポータルの情報に深層の各ポータル場所だけじゃない。各階層のモンスターの特徴や採れる植物や鉱石の情報、さらにはポータル以外に川などの水辺の有無や厄介な地形の場所の情報まであるとは…)


もはや、コレをオークションにだせば俺なら最低でも1億は出す。それだけの情報がこのノートにしっかりと書かれていた。

そしてこれではっきりと浮かび上がった問題が3つも分かったのが大きい。


「…うし、取り敢えずスキルで地図だけは覚えた。ありがとうな、こんな貴重な情報を見せてもらって」


「別にいいよ。君はオレの最高の協力者なんだからね」


桜がそう言うと俺が机に置いたノートを回収する。その行為を俺は見ながら机にあるコーヒーを手に取り飲んだ。


「…ンッ…桜、本当に助かった。これではっきりとした問題が3つも分かったのは大きい」


「…教えて、その問題を」


俺がコーヒーを半分くらい飲んでから桜にそう言うと桜は真顔になってそう言ってくる。


「ああ、一つ目は『各階層のポータルが遠い事』、一番近いポータルで浅層の約200㎞先、遠い所で深層の約2万300㎞だ。何日もかかるのが確定した」


「うん、そうだね」


浅層で約200㎞、中層で約1万㎞、深層で約2万300㎞の地点に次の階層に行くポータルがある。歩きなら軽く月単位で時間が必要だ。


「二つ目は『モンスターに対して二人だけならきつい事』、モンスターの情報を見れば2人で行くのは自殺行為だ。できればあと2人、最低1人いると助かる」


「やはり、そう思うかい?」


俺の言葉にコーヒーを飲みながら桜はそう言う。

このノートに書いてあるモンスターの情報を見る限り二人だと体力的な意味で更に攻略に時間がかかる。

これは人を増やすことで負担を減らせるが人が多いと逆に進行速度が遅くなる、理想としては俺達を含めて4人パーティがベストだろう。


「このメンバーの問題は俺から声をかけてみるよ。一人はいけると思う」


「わかった、そこは任せるよ」


俺に心当たりが一人いる。多分俺が声をかければ来てくれるだろう。

そして最後にして一番の問題がある。それは…


「最後の三つ目、『地形が荒れすぎて俺のバイクが使えない事』だな。これは俺が何とかするしかない」


「…やはり、そうなんだね」


そう、ノートの情報で分かったが浅層はまだギリギリ俺のバイクで走れる思うが、中層と深層がダメだ。これでは体力を温存しつつ早く移動ができないし、特に深層の環境が最悪だ。

情報が確かなら並大抵の乗り物では進めない、何か対策が必要だ。


「ああ、これは新しい物を作るしかない。マジで最低でも一ヶ月は欲しい」


「そんなに…やはり一筋縄ではいかないね、























『墨田区の東京スカイツリー天望デッキ内ダンジョン』は」


桜はそう言いながら持っていたコーヒーを机に置いた。



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