第76話

〜〜 しばらくして 〜〜


「…落ち着いたかい、雄二くん?」


「ハァ…ハァ…ッ、すみません。少し取り乱しました」


社長と思しき人の声で父さんはアイアンクローを止めた。


「わっ渉くん、大丈夫かい!?」


「…いや、キツイわ。マジで父さん本気でやりやがったよ」


そして私服の桜がアイアンクローを受けていた俺の安否を確認するべく寄ってきた。

しかし、父さんは『筋トレ』のスキルを持っているから力が強く、本気で痛かった。

顔面から骨が軋む音が聞こえていたから、多分俺のこめかみ辺りに指の跡が残っていてもおかしくないレベルだったよ。

俺はただ、会議中にお邪魔して、会社にあった材料を桜に持ってきてもらって、目の前で説明しながら劣化版回復薬αを作って、更に目の前で実際に効果を見せただけだぞ?


「…渉、確かにお前の薬はすばらしい。正に現状を打破するのに最適解だ。それは認めよう」


父さんそう言うと、机にある俺が用意した資料と俺が説明しながら作った劣化版回復薬αが入ったビーカーを手に取りそう言う。


「保存方法も常温かつ密閉しているなら一年、していないなら半年と使用期限があるのは消耗品として正しい。使わなくても半年か一年で交換しなければならないなら、それは売り上げとしてキチンと原価以上の金額を稼げるだろう。

それに材料の大半がほぼ捨てる筈だった物でできているし、廃棄物もでない。これも材料費と廃棄物処理の点も見事に合格だ」


父さんの言葉に周りの人達が一斉に頷く。


「更に味を変えられるならそれだけで飲みやすくなり薬の消費も加速できる。

そして何よりこの件をギルドと協力すればお互い旨みがあり、より強固な連携が取れるだろう。

ギルド側は売り上げの何割かと処理する筈だった物が消費できるようになる。

そして私達側も売り上げの他にギルドから安定した薬の材料の入手ができるようになるからだ。

だがな、コレには重要な問題が二つあるんだ」


そして父さんはビーカーを俺の前に突き出す。


「一つは『薬を作るのが簡単な事』。

この薬は本当に作るのが簡単だ。しかし、もし薬のレシピが外に漏れたらどうなる?

答えは明白、簡単が故に大量生産されて全世界のポーション市場が崩れて大惨事は確定だ」


その言葉に周りの人達も何度も頷く。

確かに、それは俺が危惧していた事だ。だからこそこの件が起きなければ、この薬のレシピを使おうと思わなかった位の事だ。


「まあ、そこら辺はこちらがなんとかするからいい。

だが、問題は二つ目だ」


そして父さんはビーカーを持った手を引き、今度は自分の前に持ってくる。


「『この薬は材料によって発光までの時間が違うため手作業以外では製作不可である』、これが1番の問題だ」


そして父さんはビーカーを机の上に置いて、言葉を続ける。


「手作業以外では製作不可能なら作るのに人手がいる。もちろんこちらとしてもそこはしっかり管理すると思うが、それでも人が多いと産業スパイやレシピを覚えて悪用しようとする人が出てくる確率が高くなる。

つまり薬を作る人が多いとそれだけリスクも跳ね上がる。

その逆だと需要に対して供給が間に合わなくなる、それはこの薬で助かった命を見捨てるのと同じだ。

お前はそのバランスがどれだけ難しい事か分かるか?お前はそこまで考えていたのか!?」


「…ッ」


俺は父さんの言葉に言葉を失う。俺はその事に対して全然考えていなかった、寧ろそんな考え自体持っていなかった。

俺は周りを見るが、桜以外の人達は何かを考えたのかお互いの意見を相談しあっている。

その光景に、俺は自分の浅はかな考えであった事を痛感させられた。


「まったく、この…」


そして父さんは俺に歩いて近づいてきた。そして…


「少しは父親に相談する事を覚えろ、この馬鹿息子が…」


俺に抱き着いてきた。


「…ごめん、父さん」


俺はこの行動に謝る事しかできない。この行動を俺はよく知っている、これは父さんが俺を落ち着かせるためによくする行動だ。


「別にいいさ。どうせ俺の職場が大変な事になっているから助けなきゃとか思ったんだろ?こんな無茶しやがって…」


そう言うと今度は背中を優しく叩き始める父さん。

そして、俺達親子がそういう事をしていると、近づいてくる人物が2人いた。


「すまない、少し話をしてもいいか?」


そう言うのは桜の面影が若干ある二枚目の男性だ。


「私の名前は月神 正、この会社の社長で桜の兄だ。そして此方の人はギルドから派遣された職員さんだ」


男性がそう言うと後ろにいた女性が頭を下げた。そして俺はこの人が桜が言っていた長男であると理解した。


「それでな、話と言うのは他でもない。今重役たちと簡易的だが話した結果、満場一致でこの薬で行く事が決定した」


正さんがそう言うと、今度は職員さんが前に出てきた。


「故に今後の薬の扱いについての話し合いや、書いてもらわなきゃいけない書類がたくさんあります。…ですが、その前に確認しなければならない事があります」


職員さんがそう言うと、俺の方をじっと見てくる。


「この薬、最初に作ったのはいつですか?そしてその時に周りに人はいましたか?」


そして俺を見ながらそう言ってきた。確かに俺以外がレシピを知っているのかを確認したいのだろう。

確か初めて作った日は…


「確か八年前まで住んでいた○○町から少し離れた○○山に不法投棄されたモンスターの血が入ったドラム缶を手に入れて、そこから数日かけて一人で試行錯誤を…あ、やべ」


俺は言ってはいけないセリフを言ってしまい、急い口を閉じ周りを確認する。


「「「……」」」


そして周りや職員さん達の無言の圧が痛いのを感じた。

さらにハグしていた父さんは両腕を腰に回し始めた。何かヤバい感じがする。


「…い」


「とうさ…


「お前が、あの山の不法投棄された物を持ち去った犯人だったんかい!!」


アダダダダダダダダダダ⁉」


俺が聞こえずらい父さんの声を聴こうとしたが、父さんの全力の鯖折りと叫び声でかき消されてしまった。

こうして、半迷宮入りしていた『OO山特定危険廃棄物紛失事件』は意外な結果で不法投棄された物を持ち去った人物が判明したのであった。

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