第35話

〜12月7日 東京 秋葉原〜


「歯を食いしばれ少年!」


「グハッ!」


そう言われてから1秒と持たずに俺の腹に拳が突き刺さる。

手加減はされているのだろうがこの人の前だと俺の腹筋も無意味だ。

そして俺はそのままお腹を押さえながら膝から崩れ落ちる。


「少年、私は言ったはずだ」


そして俺を殴った男はそんな俺を怒りの眼差しで見る…


「『筋肉を悲しませるな』とな!」フンッ


筋肉ムキムキの体にタンクトップと短パンで兎がプリントされているエプロンをつけた姿でアドミナブル・アンド・サイのポージングをとりながら。

今、俺がいるのは秋葉原の裏通りにある喫茶店『月の兎』、兎肉100%の手作りハンバーグが看板メニューのお店だ。

あの契約の後、帰宅時間が遅くなったのを父さんに指摘されたのだが「依頼を受けたから説明を受けていた」と簡潔に説明してあの日は寝た。

父さんに俺の依頼の内容を聞かれたがあまり話せなかった、なぜなら契約の中に依頼の件は他言無用、受けた後の調査結果も報告した後は誰にも話してはいけない旨が書かかれていたからだ。

そして休日である今日、用事があり事前に電話で連絡を入れておいたのでこの喫茶店の営業時間前に特別に入らせてもらった、しかし俺は入店後すぐに腹パンされたのだ。


「い…っ、いきなり腹パンはやめて下さい、田中さん」


「黙れ!」ギュッ


俺の言葉にサイドチェストで答えた人物、この人こそ今日の用事でありこの店の料理人、田中 健吾さんだ。

そして以前、俺を丘で海パン一丁で追いかけてきた当人である。


「私の筋肉が言っているのだ、今お前を叱れと!」バッ


今度はサイドトライセップスのポーズを取る。この人は興奮すると必ずポージングをとる癖がある。そしてあの日、何故俺を追いかけてきたかと言うと…


「少年!何故君は『特殊ダンジョンに挑もう』としている!死にたいのか!?」グルッ


「田中さん、また筋肉に聞いたんですか?」


「当然だ!筋肉は嘘をつかない!」グッ


ラットスプレッド・バックから流れるようにダブルバイセップス・バックを決めて話してくる田中さん。

この人はジョブが『料理人』でスキルが『筋トレ』と『硬化』、そして『対話(筋肉)』を持っている。

『筋トレ』は父さんが持っている為説明はパス、『硬化』も皮膚を鉄のように硬くするスキル、問題は『対話(筋肉)』のスキルだ。

このスキルは人にしか効かないが自分を含めた全ての筋肉と対話できるスキル、そして田中さん曰く筋肉は嘘をつかないらしい。

だから基本この人は人に合う時は初手に筋肉と会話している。その人が何をしたいのか、何を考えているのかとか全て丸わかり、つまりこの人の前では隠し事ができないのだ。

つまりあの日、俺を追いかけてきた理由は俺の無茶な自己流筋トレが原因で筋肉が泣いていたから止めさせたいと思ったかららしい。

お互いの事情聴取の後に職員の立ち会いの下、キチンと会話した。

その後は時々この人の店に来てこの人に筋トレのアドバイスや食事の改善点を教えてもらっている仲になったのだ。

余談だがこの人は物心がついた時から筋肉と会話をしていたせいで他人の筋肉が泣いている事が許せなくて時々警察のお世話になっているらしい。


「そうだよ、あのダンジョンは地獄なんだよ?健ちゃんも心配なんだよね?」


俺と佐藤さんが話していたら店の奥から金髪で青い目の女性が出てきた…空中に浮きながらだが…


「うむ、そうだぞマイワイフ!」バッ


「健ちゃん、今のはナイスポーズ!肩に重機乗せてるね!」


ダブルバイセップスをしながら田中さんが女性に返事を返し、女性は空中でイルカみたいに周りながらポーズを褒めている。

この女性は田中さんの奥さんであり幼馴染でありあの日パンツから聞こえた声の主である、


「渉ちゃん、おはよう!」


田中 アンジーさん、ジョブは『超能力者』である


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