天使の書籍

寿甘

読書感想文

 読書の秋だから本を読めって、あまりにも安直すぎると思わないか?


 俺は読書が大嫌いだ。


 忘れもしない、小学一年生の国語の授業。先生に当てられて教科書を読んだ時、緊張しすぎて噛みまくった俺にクラスのみんなが大笑い。その時からとにかく本を読むのが大嫌いになった。


 もちろんそれだけじゃない。長い休みの時には必ずと言っていいほど読書感想文の宿題が出た。大嫌いな本を読むことを強要され、嫌々書いた感想文はあらすじを書き写しただけだと怒られた。俺は真面目に感想を書いたのに!


 そんな読書嫌いの俺に対し、学校教育は執拗に本を読ませようとしてくる。今回も秋の連休に本を読めと言われたのだ。


 何が読書の秋だ、馬鹿馬鹿しい。


 スポーツの秋でも食欲の秋でもいいじゃないか。なんで読書にこだわる?


 だいたい、読書感想文なんて書かせて本当に生徒が読書好きになるとでも思っているのだろうか?


 もし本気でそう思って課題に出しているのだとしたら、教師ははっきり言ってバカだと思う。あんなの俺のような読書嫌いを量産するための拷問でしかない。


 そう心の中で悪態をつきつつも、俺は高校の図書室で適当な本を探していた。不良じゃないのだから、どんなに嫌っていることでも課題として出されたからにはやるしかないのだ。


「あら、連休に読む本でも探してるの?」


 そこに、クラスメイトの女の子が声をかけてきた。この子は大森由佳おおもりゆかという名前の美少女だ。どれくらい美少女かというと、高校の全学年で知らぬ者はいないほど。


 その上彼女は気さくな性格で、誰とでも気軽に話をするのだ。俺に笑顔を向ける彼女の頭には、艶のあるロングヘアーが窓から差し込む光を反射して、いわゆる天使の輪が作られている。見た目も中身も天使な彼女は、見るからに難解そうなハードカバーの小説を手に持って上機嫌。


「ああ、課題だからな。本は嫌いだけど」


 どう見ても本好きなクラスのマドンナに面と向かって本嫌いを宣言する俺。仕方がない。一時の見栄のために嘘をついてあの難解な本を勧められでもしたら地獄を見るに決まっているんだ。どうせ手の届かない高嶺の花にイイカッコをして苦しむなんて馬鹿げてる。


「へえ~、本が嫌いなのに真面目に本を選ぶなんて、感心感心。良かったら本が苦手な人でも読みやすい本を紹介しようか? これなんか短くて分かりやすいよ」


 だが、彼女は気を悪くするどころか嬉しそうな顔をして、俺に手ごろな本を紹介してくれた。


「本好きな人間って、難しい本しか認めないのかと思った」


 彼女が手に持っている本を見ながら、正直な感想を述べる。すると、今度は含みのある笑みを浮かべながら、天使が言う。


「ふふん、純文学や文芸作品みたいなものしか評価しない奴は二流の読み手ね。本当の読書好きは、どんなジャンルの作品でも良さを見出すものなのよ。だいたい、本になって世に出ている時点でどれも何かしら良いところがあるんだから」


 純文学というのが何かも知らない俺にはよく分からない話だが、彼女はどうやら筋金入りの読書好きのようだ。


 俺はどういうわけか、自分から渡された本の1ページ目を開いてみた。いつもなら本なんて課題をやる時にしか開こうともしないのに、彼女があまりにも楽しそうに本の話をしているから興味を持ってしまったのだ。


「字が大きいな。漢字にもふりがながふってある」


「ふりがなのことをルビって言うんだけど、これは宝石のルビーからきているのよ。海外で文字の大きさを宝石の名前で表現していて、ちょうど日本でふりがなに使われる文字の大きさが向こうでルビーと呼ばれていたことからきているの」


「へえ、そうなんだ」


 何故だろう、彼女が説明すると本の蘊蓄うんちくも興味深く感じる。俺は開いたページを読み終わり、次のページをめくった。


「うふふ、興味を持ってくれたみたいね。読み終わったら感想文用じゃない素直な感想を聞かせて欲しいな。つまらなかった、でもいいから」


 そう言って、彼女は自分の本を借りていった。俺はというと、本を読むのに夢中になっていた。


 あんなに嫌いだったのに、美少女が勧めてくれたから?


 いや、そうじゃない。本当に、この本は読みやすく、書かれている内容がすんなり頭に入ってくるのだ。世の中にこんな本が存在するなんて知らなかった。


 俺は読書が大嫌いだ。だから読むのは課題に出された時だけ。そしてこれまでは読む本の種類を指定されてきた。無理矢理読まされた本は、どれも難解で面白みがなく、書かれている内容を理解するので精一杯。そんな本を好きになるはずもない。


 気が付いたら、薄い本とはいえもう半分も読んでしまっていた。


「続きは帰ってから読もう」


 俺は本を借り、家に帰るとすぐにまた続きを読み始めるのだった。




 次の日、まだ連休に入る前だというのに読み終わってしまった本を手に、学校へ向かう。この本を紹介してくれた彼女との約束を果たさなくては。そんな謎の使命感に駆られて意気揚々と登校した。


「読み終わったよ。凄く分かりやすくて面白かった」


 俺は約束通りに素直な感想を述べた。


「もう読んじゃったんだ! じゃあもう一冊読んでみる?」


 彼女は、本当に嬉しそうな顔をして、俺を図書室へと連れていった。


 図書室に着くと、彼女はこっそりと俺に秘密を打ち明けた。


「実はその本、私が書いたの」


 なんと彼女は本好きが高じて自分で小説を書いてしまったらしい。


「よく本を読んでる人ならすぐに気付くんだけど、その本は自費出版したものなんだ。だからそれで読書感想文を出したら先生に怒られてたかも」


 ペロッと舌を出して言う天使。危うく罠に引っかかるところだった。でも、読書嫌いの俺が楽しく読める本を書いて、読ませてくれた彼女に感謝こそすれ、怒るつもりはない。


「ごめんね、もしそれで課題を出して先生に怒られたら、私が名乗りを上げて一緒に怒られようと思ってたの」


 それはそれで、良い思い出になったかもな。一日で読み終わったことをちょっと後悔。


「今度はちゃんとした本だよ。私が自分で小説を書きたいと思ったきっかけをくれた本。あれを面白いって言ってくれた君なら、きっと気に入ると思うんだ」


 俺は前の本よりいくらか厚みのある本を受け取った。彼女がそう言うなら、間違いなく面白い本なのだろう。


 もう、今からこの本の1ページ目を開くのが楽しみで仕方ない。


 この一冊だけで連休を持たせられるだろうか?


 また感想を伝える約束をして家に帰る俺は、ある思いを抱いていた。




――やっぱり読書感想文は書きたくないな。

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