第四十八話◇琴美◇
ところが。真美が私の元を離れることはなかった。
彼女は彼女なりに必死に喰らいついてきた。彼女が社会人二年目を終え、三年目を迎えた時に二人で食事に行ったことがある。
その席で、彼女は私にこう言った。
「琴美先輩、社会人二年目は私にとって忘れられない年になりそうですよ!」
「・・・そう」
「いやあ、世の中甘くないですね。ホント。何だかこれまで生きてきた世界が違って見えてきました。組織とか権力とか、恐いものの片鱗も見てきたし。
まさに第二世界ですよ。第二世界。私は、ついに第二世界へと通じる門をくぐってしまったのです!!」
って大袈裟ですかね、エヘヘ。真美は笑いながら、グラスに残っていたカシスウーロンを一気に飲み干したのだった。
それに、と、彼女は続ける。
「いつだったか。お客さん先のシステムがトラブった時に、二人で深夜に駆け付けたことがあったじゃないですか。丁度一年くらい前です。冬の大寒波が来ているとかで、メッチャ寒かったじゃないですか」
今度は一年前のことを思いを巡らせる。
「二人で徹夜して、それで朝方までに何とかシステムを復旧させて。お客さんにも感謝されて。その時、琴美先輩はうっすらと微笑んでいました。私、その時の表情がとっても素敵だなって思っ・・・」
「あたしの何を知ってるの?」
何故だろう。私は後輩の発言にすかさず覆い被さっていた。
「す、すみません。私はただ・・・、」
真美はびくんと身体を震わせた。文字通りシュンとなり、委縮してしまっている。顔を下に向け、表情を暗くしていた。
「真美・・・悪かった。強く言い過ぎた」
私が謝ると、私の方こそごめんなさい。彼女はぽつりと言った。
けれど、またも意を決したかのように真美は前を向いた。
「・・・確かに私は、琴美先輩のことをよく知りません。だから、先輩のことをもっと知りたいんです」
「・・・」
「私が言いたかったのはそれだけです。余計な詮索をしてしまって、申し訳ありませんでした」
彼女はどうして私の事を知りたいのだろう。そんな疑問が脳裏を過ぎったが、敢えて訊ねないことにした。その代わりに、
「あたしについて話をしたところで、真美の人生には、何の足しにもならないと思う」
と彼女に伝えていた。
真美が私に顔を向ける。
「・・・」
彼女は押し黙っている。じっくりと何かを考えているように見えた。
「それは・・・まだ、分かりません」
と、彼女が口を開く。
「先輩に話をして頂いて、先輩のことをもっと知ってから判断したいと思います」
「・・・」
先輩が何も語ってくれなければ、私にとって良い事なのか悪い事なのかも分かりませんから。と、更に補足した。
そう宣言する彼女の目は、心なしか涙ぐんでいるように見えた。
私は、目を閉じる。
心の中に情景が浮かび上がる。とても澄んだ、青い場所。ここはどこだろう? と思った瞬間、我に返った。
「・・・分かった」
宴会の後、部屋に戻ってから話そう。と、私は真美に約束した。
空が剥がれ落ちる日まで、後、十日
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