第四十七話◇琴美◇

「あ・・・」

と声を漏らしてから、彼女は一瞬停止する。

 少しの間があって、ごめんなさい。とポツリと呟いた。そして真美は俯いてしまった。


 しばらくの間、と言っても時間にしたらほんの十数秒だったと思うが、静寂が私達を包んでいた。私のほうは特に気に留めていなかったけれど、真美は気まずそうにしていた。

「私は・・・」

彼女は意を決したように口を開いた。

「先輩には、もっと笑顔が必要だと思っています」

「・・・」

「古滝課長も仰ってました。冗談っぽいカンジでしたけど。笠原はもっと笑えば良いんだよなあ・・・ でもまぁ、仕事は完璧だし、信頼できるから文句はないんだけどね、って」

 


 いつだったか。私は古滝課長に言われたことを思い出していた。そう。あれは二年前だ。

「笠原、悪い。ちょっと今時間あるか?」

「はい」

 私は課長に促され、窓際に設置されたテーブルの方へと移動した。四人掛けの席となっており、ちょっとした打合せスペースになっている。

「藤原のことなんだけどさ・・・」

と話を切り出した。


 二年前、私に初めて直属の後輩ができた。それが真美だ。私は彼女の教育担当を任されていた。

「お前のことをかなり恐がっているそうなんだよ」

「・・・あたしを、ですか?」

うん。課長は私の目を真っ直ぐに見据えていた。


「率直に言おう。藤原は笠原の表情のなさと反応のなさに怯えている」

「・・・」

だけどね、俺は。と、課長は前置きする。

「基本的に笠原の教育方針に賛成している。どこの業界もそうだが、ある程度追いこんで喰らいついて来ないようであれば、この先やっていけないだろう。仕事も覚えないしな」

ただ、

「今のご時世、転職が当たり前になってきてはいるが、せっかく育てた人材にバッタバッタと辞められてしまうのも困りもんだ。

 だから、もしかすると、この先お前から藤原を外すこともあるかも知れん。その事は承知しておいてくれ」

課長は一気に話し終えると、以上、と言って席を立った。

 


 古滝課長との会話後、私は真美に対して接し方を変えることはしなかった。それまで通りの指導をした。課長の言うように、ある程度の負荷を与え、それに耐えられないようであればそれまでだ。この先、社会人としてやっていけないだろうというのも同感だった。


 実際、私の考えは時代的にクラシックなのかも知れない。でも、と私は考える。


 人間の芯の強さを測る尺度は、持続力だと、私は思っている。継続的に一定量の負荷に耐え、そこから何かを見出して(生み出して) いかなければ、人間は成長できない。

 何かに心を動かされ、一大決心をして行動に出ることは誰にでもできる。重要なのは、決心した時の心を持ち続け、行動を続けるという、継続力なのだ。

 細かい路線変更はあったとしても、芯は決してブレない。それができる人間にこそ真の成長が訪れる。私はそんな風に考えていた。

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