第四十六話◇琴美◇
「北斗財閥っていう、富豪一族の御曹司兄弟にプロポーズされた」
真美に向かって、私は淡々と答える。
「
彼女は両手で顔を押さえる。
「北斗財閥って言えば、日本有数の超お金持ち一族じゃないですか! しかもプロポーズだなんてェェェーーーーッ」
彼女は興奮のあまり歓喜の声を挙げていた。
「・・・そ、それで先輩はどうしたんですか?」
「麓までスノーボードで競争して、あたしに勝った方と結婚すると言った」
「マジですか!」
そ、それでどうなったんです? 真美が更に身を乗り出して訊いてくる。
「あたしが勝った。あたしが麓に辿り着いた時、二人はコースの中腹あたりを転がってた」
プッ、と彼女は笑いを飛ばす。
「でもなあ、ある意味勿体ないかもですよ。・・・いや、でも、兄弟揃ってチビでデブのチンチクリンじゃなあ・・・。スレンダーなイケメンなら何も文句ないんだけどなあ」
あまり大きな声じゃ言えませんけど。と、付け加えた。
「本人達は、『知性、身体能力、容姿、名誉と金。どれをとっても私(達)に敵う男性なぞ居りませんよ』と言っていた」
私がそう言うと、いやいやいやと真美がかぶりを振り始める。
「少なくとも最初の三つはとても怪しいです。特に『容姿』ってところが(笑)」
「・・・そう」
と言いながら、私はしばらく思いに耽っていた。
考えていたのは他でもない、かつての『彼』の事だった。
確かに、先の雪だるま兄弟と比べると、『彼』は身長も高く、すらっとしていた。体型も程よく肉付きがあって、それでいて知性に富んだスッキリとした顔立ちだった。
あれほどまでに異性と語り合い、接したことがあっただろうか。恐らく、後にも先にも『彼』以上に濃い時間を過ごす相手と巡り合うことなんて無いと思っている。
「・・・んぱい」
声が聞こえる。
「先輩ってば。そうしたんですか?早くリフトに乗りましょうよ~?」
真美の声でふと我に返る。
「ごめん」
と言って真美の後に続いた。
私と真美は二人でリフトに乗った。ゲレンデを見ると、多くの人で溢れかえっている。スキーをする人よりも、スノーボードをする人の方が多いように見える。颯爽と滑る人も居れば、転びながらゆっくりと滑る人も居る。その中に、先程の雪だるま兄弟の姿は、どこにも見当たらなかった。
全ての人達の表情を観たわけではないけれど、皆それぞれが冬のレジャーを楽しんでいるように見受けられた。
「先輩は、好きな人とか、居ないんですか?今、お付き合いされている方とか」
突然の質問だったが、真美は勇気を振り絞ったような顔をしていた。
「・・・居ない」
私はまたも淡々と答えた。
「男性と、その、お付き合いされていたことは?」
「・・・ある」
真美が顔を上げる。
「どんな方だったんですか? その人とはどうして・・・」
別れてしまったんですか?と続けるであろう真美よりも先に、
「不思議さと優しさに溢れた人だった。けれど・・・、その人はもう亡くなってしまった」
と、リフトの終点を何となく見つめながら私は呟いた。
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