第四十五話◇琴美◇

「本当ですね?」

雪だるま弟が目を輝かせた。

「本当です」

私は表情なく素っ気なく答える。


「男に二言はないヌポね?」

雪だるま兄も念を押してきた。

「・・・あたしは女だけれど。まぁ、兎に角二言はない」

ただし、と私は続きを付け加える。

「あたしが一番先にあの麓まで辿り着いた時は、この話は無かったことに。そして、金輪際もうあたしに関わらないと約束して。

 どこかであたしを見かけても、話しかけないこと。いい?」

「わ、分かったヌポ」

「良いでしょう」

兄弟は二人揃って頷いた。


貴女あなたはなかなかの実力者だ。手加減しませんよ」

とは言いつつも、雪だるま弟が自信あり気に腕を組んだ。余裕な表情を浮かべている。

「フンフフンフフン♪久しぶりに本気が出せそうなんだヌポ」

雪だるま兄は、もう勝ったつもりでいるようだった。陽気にも鼻歌を諳んじてい

る。この自信はどこからやって来るのだろう。


「僭越ではございますが、スタートの合図はこの北斗一宏が切らせて頂きます」

「お任せします」

私は麓の方を眺めたまま応えた。

「フン、一宏。謙虚さアピールを振りまいておいて、自分が優位なタイミングでスタートを切りたいという魂胆が見え見えなんだヌポ」

「何を言い出すかと思えば・・・。下らない」

そんなに弟に負けるのが怖いのですか?と、嘲笑を浮かべていた。

「お前の挑発なんぞ、乗らないヌポよ!」

「それはこちらの台詞なんですけどね」

 そう言うと、雪だるま弟は片方のブーツをボードに鎮め、レースの開始に備える。兄のほうもまだだったのか、慌ててブーツを嵌める。



 しばしの沈黙が流れる。弟も麓の方を見つめている。風の流れを探っているのかも知れない。

 それにしても、と私は思う。我ながら思い切った決断をしてしまったものだ。自分一人の判断で、勝手に。この勝負、私が一番にならなければ敗けを意味する。もし、負けてしまえば本当にどこぞの財閥に嫁ぐことになる。

 結婚・・・。久しぶりに意識した言葉だった。恐らく、この先の私に人生には縁のない言葉だろう。

 かつて私には心に決めた人が居た。その人とは本気で結婚するつもりでいたけれど、 彼はもう居なくなってしまった・・・。

 

 一方、これから始まる勝負を前にして、私の心はとても落ち着いていた。プレッシャーや緊張感はどこにもなく、リラックスできている。相手を見下すとかそういう事ではなく、敗けるという感覚が全く湧いてこないのだった。



「では、いきますよ。ようい!・・・」

雪だるま弟がスタートの合図を告げた。



 私が麓まで辿り着いた時、雪だるま兄弟がコースの中腹あたりを転がっている

のが見えた。二人仲良く、隣どうしで転がっていた。

 そのまま転がり続けていたら、本当に雪だるまになってしまうのではないかと思っってしまう程だった。

 リフト乗り場の前まで辿り着くと、そこに真美が待っていた。私の存在に気付

くや否や、手を振りながらすぐに近寄って来る。


「琴美先輩、ナンパされてたんですか?」

彼女の目には好奇の光が宿っていた。

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