第四十三話◇琴美◇

「兄のご無礼を、どうかお許し下さい」

そして、と言ってから彼は大きく胸を張り、ゆっくりと手を当てる。

「大変申し遅れました。私は北斗財閥の次男、北斗一宏と申します」

 以後お見知り置きを。と、丁寧に頭を垂れた。


 するとその時、

「琴美先輩〜」

真美が片足でボードを引きながら、こちらへとやって来た。

「何してるんですか? 早く滑りましょうよ〜・・・」

 ん? と、真美は訝し気に雪だるま兄弟へ視線を向ける。色んな想像を張り巡らしているようだったけれど、瓜二つの兄弟が単に珍しいように感じているようにも見えた。

 件の雪だるま兄弟も、二人そろって真美の方へ視線を向けている。その眼差しは全く同じに見えた。(少なくともこの私には)


「・・・もしかして私、お邪魔でした?」

 空気を察したのか、エヘヘと笑いながらバイディングにブーツを填め、ストラップで固定すると、そそくさと滑り出す。

 ブルーのウェアに身を包んでいた彼女は、あっという間に米粒ほどの大きさになって眼下に消えていった。



「お名前は、琴美さんと言うのですね」

真美が去ったのを見届けると、雪だるま弟が確認してきた。

「良い名前なんだヌポ」

雪だるま兄が歓喜の声をあげる。

「フフフ、兄さんは相変わらず表現力が乏しいですね」

弟の笑いには、どこか兄を嘲笑する響きがあった。


「それにしても琴美さん」

弟が紳士な眼差しを向けて来る。

貴女あなたは美しい。まさしく生きるヴィーナスという名に相応ふさわしい。

 多分な知性を伴う、整った顔立ち。

 美しくぱっちりとしたお目つき。それでいて、どことなく愁いをも帯びている。

 一直線に通った鼻筋と、高くかたちの良い鼻梁。

 皺一つない、艶感のある引き締まった唇。常に潤っているようだ。

 そして、今はウェアを着ておられるのでお顔だけしか拝見できませんが、透き通るほどの白い肌。

 私の伴侶となる方として、何も申し分ありません」



 どうやら、弟の方も本気らしい。



「フンッ、紳士気取りもいい加減にしろヌポ。そんな上っ面だけの紳士ぶった態度なんて、すぐにボロを出すに決まってるんだヌポ」

雪だるま兄が雪だるま弟を牽制した。

「何を言い出すかと思えば。下らない。それよりも兄さん・・・」

弟の反撃が始まる。

「その『〜ヌポ』とかいう口癖。いい加減にして頂けませんか。流行りませんよ、今時。全く、どこが良いのやら。理解に苦しみます。稚拙というか、品がないというか・・・理解ができない」

 心底辟易している口ぶりである。



「な、なんだとヌポ! 今に見てろヌポ! パパに頼んでこの国一の流行にしてみせるヌポッ。我が北斗財閥の力を持ってすればた易いことなんだヌポ」

「笑止千万。お金の無駄です」

雪だるま弟がきっぱり吐き捨てるように言った。薄い笑みさえ浮かべている。


「よく言うヌポ」

だが、今度は雪だるま兄が薄ら笑いを浮かべる番だった。

「僕は知ってるんだヌポ。・・・一宏、お前は北斗財閥の金を着服して、麗奈ちゃんに貢いでるヌポ?あの例の銀座クラブの麗奈ちゃんだヌポ」


「なんだとおうッ」

とたんに雪だるま弟の顔が赤くなった。

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