第四十一話◇琴美◇
「そこの
私は声の方に向き直る。しかし一見したところ、そこには誰の姿も見当たらない。けれど、私に対して掛けられた声だというのは分かった。
「この僕と結婚して欲しいんだヌポ」
腰より少し上の位置から再び声が聞こえた。私は視線を下へ向けると、色白で身長の低い、ずんぐりと太った雪だるまのような男性が私を見上げていた。
あまり上品な形容ではなく、この彼にとっては申し訳ないのだけれど、恐らく誰にとってもぴったりな表現かと思われた。
「おっと、失礼をしましたヌポ。先ず自分の名前から名乗るのが礼儀だったんだヌポ。僕の名前は北斗一雄ですヌポ。どうぞ宜しくお願いしますヌポ」
「・・・」
私は思わず口を噤んでしまっていた。
まただ。また見知らぬ人間に声を掛けられた。二度あることは三度ある。これはよく耳にする。けれど、四度目はあまり聞いたことがない。この数か月もの間に、私は素情の知れない四人もの人間から話しかけられていることになる。
一人目は、何故か私の名前を知っていて、跡をつけていた男(実は女性かも知れない)。
二人目は、図書館で何故か夫の浮気の責任を私に押し付けてき狂気なる女性。
三人目は、仕事帰りの電車で私に大事な恋人との思い出を語ってくれた男性。
上記三件は、私が予期することなくいつも突然に起こっていた。
・・・ふと、例の手帳の内容が私の脳裏によぎる。とてもすぐには信じられない内容だけれども。
「それで、
「・・・」
名乗る程の者じゃない。私は表情なく答えた。
「そんなことはないヌポ」
雪だるまの彼は、断定的に言った。
「先ほどの
そして、一番の魅力は何と言っても綺麗なところなんだヌポ。どことなく愁いある顔立ちも、一層
と、彼は悠然たる態度で私にプロポーズを申し込んできたのだった。
私は会社の社員旅行で群馬県のとあるスキー場へと来ていた。社員旅行といっても、私の所属するシステム開発部の旅行なので、部旅行と言った方が正しい。
季節柄、部旅行の内容として、ウィンタースポーツという案はすんなりと通り、若手社員の林正人と藤原真美の二人が、移動手段やホテルの手配と旅行のイベントの段取りを仕切ってくれていた。
今回は、リフトから降りて片足でボードで滑り、ゲレンデの上からコースの見定めをしている最中に声をかけられた。
「自信を持って欲しいヌポ。
「・・・」
どうやら彼は、私が名乗る程の者じゃないという発言を、純粋なる謙虚と捉えたようだった。
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