第四十話◆美琴◆

「何のこっちゃ」

私と伊織は目も声も合わせて二人見つめ合う。

「意味不明だねえ・・・」

伊織はこの古びた手帳を取り、パラパラと捲っていた。普段は可愛らしい彼女の顔も、さすがに今は眉間に皺が寄っている。


「・・・でもさ」

しばらくして、伊織が手帳から顔を上げた。

「メモに出てる『分身』ていう存在は、これを書いた人以外の事よね。やっぱり」

さっきも言ったけど、恋人のことじゃないかな。この手帳を書いた人のお姉ちゃんや妹さんとか、お母さんとかではない気がするな~・・・完全に私の勘だけど。と、彼女はそう付け加えた。

「うんうん」

伊織の意見への賛成の意を込め、私は首を、二度、縦に振る。

「そもそもさ、どうしてこんな古い手帳が、あたしのバッグの中に入ってるんだろ・・・?」


「そこだよね」

伊織はアイスコーヒーをストローで飲んでから、

「あ」

と呟いた。

「もしかしたら、電車の中で誰かの荷物が入っちゃったんじゃないかな?」

「う~ん・・・なるほど」

私はそう言ってから、カップの中のカフェオレを飲み干した。



 伊織の発言に頷きつつも、私はどこか釈然としなかった。多分、この手帳はずっと前から私が持っていたものだ。理屈も合わなければ根拠も全くない。でも、それでもどういう訳か、私はそう確信していたのだった。

 私が書いたものじゃない。私の父や恋人の貴文が書いたものでもない。誰が書いたものなのかも正直いって分からないし、いつ私がこれを入手したのかも思い出せないのに、だ。


 けれど、これはきっととても大事なものだ。無くしてはいけないものだと、私は手帳を見つめながらそんな想いを抱き始めていた。



「伊織、そろそろ行こっか」

私は提案した。

「そうだね。・・・ちょっとゴメン、お手洗い行ってくるね」

「うん」

 伊織が席を立っている間、私は手帳の最後のページを捲ってみた。『融合』というキーワードが妙に引っかかる。



 古びた手帳の最後のページには次の内容が綴られていたのだった。


◇いよいよ、明日は俺の命日か


◆いつ、どこで俺が死ぬのかは分かっている


◇しかし、どのようにして死ぬのか


◆結局最後までそれは分からず終いだった(不思議なことにその部分だけのイメージが全く頭に中に沸かない)


今際いまわの際に、俺は何を想うのか・・・


◆とにかく彼女(『分身』)には幸せになって欲しい


◇彼女のためだったら何だってしてやりたい


◆負けると分かっていても、助けに行くのが彼女にとっても『分身』である俺の務めだった


◇彼女が同級生の連中にからかわれていた、ふとそんな小学生の頃を思い出す


◆小学生の頃から可愛かった彼女に、同級生もちょっかいを出したくて仕方がなかったんだろう


◇明日、五分前には、現場に着くようにしようか

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