第三十八話◆美琴◆
手帳の中は、走り書きが散在していた。
理路整然と綴られている訳ではなく、ページのところどころに固まった文章が存在している。中には図を交えたイラストらしきものを描いたページもあった。
何のイラストなのかよく分からなかったけれど、円から別の円に矢印が引いてあったり、人から人へ、動物の犬(?)から犬へと矢印が引いてある絵に興味を惹かれた。
入れ替わるのではなく、一方通行で何かに変わっていくような事を表現しているの・・・?
この手帳の所有者は、手帳をメモ帳代わりにしていたのではないかと、私は想像した。自分のアイデアや思考をうまく整理するために、思いついた要素から綴っていったのかも知れない。
全体の中程に差し掛かかった時、『能力についての考察』というページを発見した。
「・・・何だろうね?」
伊織と私は顔を見合わせる。私達は手帳に書かれた走り書きを、上から順に追って行った。
◇どういう訳か、オレに小さい時から不思議な能力が備わっているみたいだ
◆どれぐらい小さい頃だろう・・・そういえば、友達と河原で遊んでいた時に奇妙な石の矢みたいなのに触ってしまい、指から血が噴き出たことがあったな
◇あまりの勢いにびっくりしたけど、すぐに出血は治まったんだっけ・・・
◆オレはその不気味な石を河に向かって思いっきり投げてやった
◇で、能力についてだけど、これを一言で表現するなら、自分の空想(思想)の世界を現実世界に置き換える能力だろう
◆人間の空想する世界が並行世界として存在するなら、この現実世界の軸を空想世界の軸に移し変える能力と言う事もできる
◇あるいは、全ての事象・全生物の歴史を、全く別のものへと変えることのできる能力とも言えるかも知れない
私と伊織は、再び顔を見合わせた。
「美琴、こんなの書いてたの?」
「いやいやいや」
私は苦笑いを浮かべつつ、慌てて手を振る。
「『オレ』って書いてあるからさ、きっと男の人が書いたんじゃないかな」
それに、と、更に補足する。
「コレあたしの字じゃないよー」
あたしの字はもっと女の子っぽくて可愛いしさ、と宣ってみる。
「・・・そうだね。言われてみればそうかも」
と、含みのある一瞬の思案顔を浮かべるも・・・あ!と、伊織が続ける。
「貴文クンが書いてたりして」
彼女が閃いたように、胸の前で手を合わせた。
「・・・う〜ん、どうだろう」
今度は私が思案顔になった。貴文にキャラや筆跡に関する記憶を、丁寧に辿ってみる。
「あの子の字でもないような気がするな~」
自分自身に確かめるように、私は言った。
「そうなんだ」
伊織は、彼女のカップに手を伸ばす。
「そもそもさ・・・古すぎるよ、この手帳」
そう私が呟くと、
「確かにね。もう何年も経っているカンジだよね」
と、彼女も同意したのだった。
私達は手帳に視線を戻し、ページの続きを捲っていった。
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