第三十六話◆美琴◆

「なあ、この本知ってる?」

「何それ?」

「『男がセックス以外に考えていること』っていう本。昔流行ったらしいんだよ。どこかの国の有名な心理学者が書いた本らしくてさ。つい最近、復刻版が出たんだよね。それがコレ」

「へえ。何が書いてあんの?」


 携帯も見飽きて特にやることもなく、ストローでアイスカフェオレを吸っていた私は、男の子達の会話に自然と耳を傾けるかたちとなった。


「見ていいよ」

「サンキュー」

後ろから、ページを捲る音が聞こえてくる。


「・・・あれ!?」

本の中身を見ていた男の子の、甲高い声が耳に入った。

「全部のページが白紙じゃね? プリントミスってんの? 二百ページくらいあるみたいだけど・・・」

「ふふん。それが違うんだな〜」


 顔は分からないけれど、本を手渡したほうの男の子が、ニヤリと口笑う様子が頭に浮かぶ。


「え?・・・ どーゆーこと?」

どういうことだろう。私も素直にそう思った。

「内容は全て白紙で良いんだよ」

「は?」

「何も無いってことだよ。つまり、『男がセックス以外に考えていること』は無いってこと」

「あはは。なるほどそーゆーことね!」


私も微苦笑にがわらいを浮かべそうになった。なるほど。そういう事か。う~ん・・・一女子としては何だかフクザツな気分。


「え、じゃ、コレ何に使うの?」

「昔はよくノート代わりに使ってたみたいよ」

「なるほどね〜」

 


 私は恋人の貴文のことを想った。彼もセックス以外に考えることはないのだろうか。そう思いたくはない反面、そうかも知れないなという想いも、私は認めた。

 貴文も年頃の男子だもんね~。私の知る限り、年下のあの子だってノーマルな男

の子だ。女の子に興味が無いはずがない。


 時々、本当に私だけで満足しているのかなと、不安に駆られることもある。とは言え、私がそれだけの対象になるのも嫌だった。かと言って、風俗店にでも行って、他の女の子に欲望を処理してもらうのも嫌だ。

 男と女は違う生き物なのかも知れないな、と考えつつも、私は複雑な気分に包まれていた。



「そういやさ・・・」

 何故か急に本を見ていた男の子の声が暗くなった。

「うん・・・」

本を手渡したほうの子も同じように声のトーンが下がる。話題について、察しがついているようだった。

「ヨシキは残念だったな」

「ああ」

「まだ居るんだな。『融合種』になれてない人間が」

「そうね。今居るヨシキは、ヨシキであって違うヨシキなんだよね・・・」



・・・??

『ユウゴウ、シュ』?

「ヨシキであって違うヨシキ」?

何のこと??

 私は俯きながら、彼等の話の内容を必死に理解しようとする。

 でも、理解できなかった。訳が分からない・・・。



「お待たせ」

はっと顔を上げると、そこに伊織が立っていた。

 彼女の席を作るために、慌てて向かいのソファの上に置いたバッグを取ろうとした。ところが、柄の部分が机の角に引っかかり、その拍子に中身の一部を床にばら撒いてしまった。

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