第三十二話◇琴美◇

 そんな僕の気持ちを見透かしたように彼女は言いました。


「私は、あなたの事を一方的に受け容れた訳じゃない。あなたを受け容れると同時に、私もあなたに受け容れてもらっているのよ」


 僕は、こ、この世に、この世界にこの人さえ居れば十分だと思いました。たとえ世界が滅亡して最後の二人きりになったとしても何も寂しくないし、自分はその人を強く必要としていました。

 僕は彼女に飽きるどころか、益々魅せられていきました。心が通い合っているという、確たる自信があったのです。このまま、彼女との時間が永遠に続いて欲しいと本気で願いました。



 ・・・しかしある日、彼女は僕の前から突然と姿を消してしまったのです。ぼ、僕が仕事から帰ると、彼女の荷物の一切が無くなっていました。彼女の荷物だけがもぬけの殻なのです。

 すぐさま彼女の携帯に連絡しました。すると、現在この電話番号は使用されておりませんというメッセージが、空しく聞こえてくるだけでした。

 彼女の職場にも問い合わせてみたところ、何と彼女は一カ月前に退職したということでした。


 何が何だか分からなくなり、あ、頭がパニックになりました。彼女が僕の前から居なくなった・・・。

 それは僕にとって受け容れ難い事実であって、理解できない現実でした。ぼ、僕は忽ち絶望に全身を包まれたのです。



 ふと気づくと、僕の机の上に白い封筒が置いてありました。それには優成へ、優

成というのは僕の名前なのですが、と書かれてあります。間違いなく彼女の字体です。

 中には一枚の便せんがあり、彼女の直筆で僕へのメッセージが認められていました。

 僕は今でも、その内容を一字一句間違えることなく、諳んじることができます。



「               

                 優成へ

 突然の事でさぞ驚かれている事と思います。何も言えないままこうなってしまったことを、心から申し訳なく思っています。本当にごめんなさい。

 

 ですが、時が来てしまいました。


 どうか信じて欲しいのですが、私は今でも優成のことを愛しています。そして、私達は間違いなく心を通い合わせていました。

 

 一つだけ、お願いがあります。


 将来、あなたが、この人だと心に決めた人に、私との想い出を語って欲しいのです。親友の人でも、いつか私以上に愛することになるであろう、女性でも構いません・・・。

 優成が私と過ごした思い出を語ること。それこそが、私があなたのことを愛しているという証になり、また、あなたの話を聴く人にとっての『引き金』となるはずです。

 最後になりますが、どうかお体には気をつけて下さい。私はあなたの幸福を祈っ

ているし、あなたが幸福に包まれる事を確信しています。

                                     」

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