第三十一話◇琴美◇
沢山の人がホームに降り立った。電車の乗り換えを急ぐ人は、小走りで階段を昇って行く。
疲れた顔もあれば、お酒を飲んで上機嫌となった顔もあった。
私と彼は電車に乗り込むと、車内の中程まで進んだ。寒かったホームとは逆に、車内は熱いくらいだ。そこには暖房の熱と人の熱とが組み合わさった、異様な熱気があった。
「自分の身さえ良ければいいという、先程の話ですが・・・」
窓の外を見つめながら、私は口を開いた。
「あたしはそれが人間の本質だと思っています。ですが、これはあくまで個人的な見解です。あなたが出会われた女性を否定するつもりはありません。その方の名誉のために申し上げておきます」
人の身を案じる。人に尽くす。それも自分の(欲求を満たす)ための、見返りを
期待した行為であると、私は思っている。
「・・・そうですか」
彼は微笑んでいた。
「どこの駅で降りられますか?」
彼の質問に対し、私は自分の降りる駅名を告げると、
「じゃ、じゃあ後二十分てところですね」
彼も窓の外を見ながら呟いた。
「それでは後半の話をしましょう」
「時間が限られているので、なるべく端的にお話ししますね。
その彼女ですが、あきる野市の小さな薬局に勤めている薬剤師さんでした。結果として、僕と彼女は交際するようになりました。
住まいも江戸川区から八王子市へと移し、彼女と僕は八王子のアパートで同棲を始めたのです。
僕は彼女に強く惹かれていきました。ある日、僕が珍しく仕事から早く帰ると、彼女は裁縫をしていました。よく見ると、僕のYシャツの外れたボタンを丁寧に縫ってくれていたのです。
ぼ、僕はしばらくその光景をじっと眺めていました。彼女は真摯にこの僕の為に尽くしてくれている・・・。
そ、そう思うと、途端にいつも以上に彼女が愛おしく思えてきたのです」
コホン。と、彼は小さな咳払いをする。前置きなのか、心の準備なのか。この場では少し言いづらい内容の発言が出るものと私は推測した。案の定、私の予想は的中する。
「正直に告白します。す、既にこの時、僕の股間は熱く充血していました。僕は構わず彼女を抱き締めました。
『ちょっと・・・、だめ。針が危ないから』
その言葉が僕の気持ちを一層昂らせました。力一杯、彼女を抱きしめます。ここから先の事の詳細については、で、電車の中でお話しできる内容ではありませんね」
コホン。と、ここで2回目の咳払い。
「と、とにかく、その晩の僕は、彼女を三回抱きました。愛おしさによって火がついた僕の感情の昂ぶりを、彼女は三度も受け容れてくれたのです」
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