第二十九話◇琴美◇

 月日は流れ、僕は社会人になって四年目を迎えていました。今からすると七年前です。

 あれは忘れもしません。ボーナスで購入した車で東京都内のドライブに繰り出した時の事です。まだ不慣れな上に土地勘も不十分だったので、案の定と言いますか、僕は道に迷ってしまい、西東京の方まで車を走らせていました。


 全くをもって道が分からないクセに、都内でも自分の田舎みたいな小径があるものなんだなと、呑気なことを考えていました。

 そんな僕の走りが遅かったのか後ろから、いかついインプレッサに追い回されるという、とてもひどい目に逢わされました。あの時のことは、今でも昨日の事のように覚えています。



 僕も当時は今より若かったので、インプレッサ相手に振り切ってやろうなどと、無茶なことを思い立ちました。所謂「煽り運転」というヤツに対抗してみたくなったのです。

 周りは田んぼ道で道が空いており、他に走行する車が見当たらなかったという事実も、私の背中を押しました。

 

 しかし、それはまさに無謀でした。僕が後続のインプレッサを振り切ろうとどんどん速度を上げるも、青のインプレッサは余裕で追尾してきます。いつぶつかっても可笑しくない程に、車間距離をグングンと詰めてきます。その上、ジグザグ走行で僕の車を煽ってくるのです。

 

 その時でした。


 目の前に自転車が見えました。自転車には人が乗っています。僕は慌てて急ブレーキを踏んでハンドルを切りました。遠心力で車体が外に引っ張られ、リアタイヤが横に滑ります。ハンドル制御が効かなくなり、忽ち車体はスピンし始めました。


 一瞬、目の片隅に青のインプレッサが体制を素早く立て直し、悠々と走り去って行くのを認めました。一方の自分はと言うと、車は舗装路から外れ、側溝を飛び越え、後ろから田んぼへと突っ込みました。

 鎖骨に鋭い衝撃が走り、シートベルトが身体に食い込みます。ガガガガ、と車体の底をこする音が鳴ったと思うと、僕の身体は大きく右に傾きました。車が横転寸前のところまで来ていると認識するまでに、随分時間が掛かったように感じました。



 僕は横転を覚悟しました。ハンドルをぎゅっと力一杯握りしめたまま、恐ろしさのあまり目を閉じます。

 僕の車は九十度近く(あくまで感覚ですが)まで傾いたところで何とか踏みとどまり、ドン、ドドンと跳ねた後、やっとのことで停止しました。

 後方から田んぼ道へと突っ込んだせいか、エアバッグは作動しませんでした。


 思わず手で両目を押さえました。しばらくの間そうしていたと思います。しかしその時、僕は人を轢きかけた事を思い出しました。

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