第二十八話◇琴美◇
私の反応が悪いと感じたのか、彼は少し怖じ気づいた様子で話すのを止めてしまった。そして遠慮しがちに言った。
「見ず知らずの人からイキナリ話しかけられて、しかも話を聴いて欲しいだなんて。やっぱり変ですよね」
すみませんでした。そう言い添えると、恐る恐るといった様子で上目遣いで私を見つめてくる。
「あたしは・・・、」
そんな彼の心境とは関係なく、またしても私は、抑揚のない口調で喋り始める。滑らかかつ淡々と。
「電車を待つ時間と電車に乗っている間の時間であれば、あなたの話をお聴きすると、先程お伝えしました。
ですので、どうぞお話しになって下さい。それと、あたしはもともとこういう人間なので、どうかお気になさらないで下さい」
もともと、というのは嘘だった。家柄など小さな事情はあったけれど、それなりに世間一般的な女の子だったはずだ。私は大きく変わってしまった。きっと、あの日を境に。
彼は安堵の表情を見せると、
「あ、ありがとうございます」
と、またも丁寧な礼を述べる。話を語る勇気ときっかけを取り戻したようだ。喋る前に、あ、と吃るのは、どうやら彼の癖であり一つの特徴であるらしい。
「あ、で、幸せを感じた瞬間の話でしたよね」
あれはもう、七年も前の話になります。吃音気味の彼が話し始めた。僕が社会人一年生になった時、それは今から十年前になるのですが、東京の企業へと就職し、地方から東京へと上京してきたばかりの頃で、見慣れない土地や喧騒とした都会の雰囲気に圧倒される日々でした。
東京には高いビルや電車が沢山あり、最初の頃はよく迷子になりました。道が分からないので人に訊ねてみると、一応教えては貰えるんですけど、何ていうかその、素っ気ないというか冷たいというか、道行く人皆が何かに追われている様子で、まさに騒然とした世界の中を生きているんだなぁ、とそういう印象を持ったものです。
あ、それで、次第に僕もそんな都会の雰囲気に揉まれ、時間に追われるようになっていきました。
何となく、人に話しかけるのも億劫になっていき、道順や電車の時間などは、携帯で調べれば良いかなと思うようになりました。今のご時世、もはやそれが普通ですよね。
僕自身も次第に都会の人間色に染まっていったのです。あ、誤解のないように申し上げておきますが、都会の人皆がそういう人ばかりであると言いたい訳じゃなく、私が強く抱いていた印象として、あくまで都会を象徴する程度のものとして捉えて下さい。
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