第二十五話◆美琴◆
「美琴」
遠くで私の名前を呼ぶ声がする。
「ねえ、美琴ってば」
よく知っている声だ。
「美琴、起きて」
もう一人居る。この声の主もよく知っている。
「ん〜・・・?」
目を開けると、伊織と麗華が私の顔を覗きこんでいる。
「・・・ここは誰? あたしはどこ?」
私が真剣な顔で訊くと、伊織がクスクスと笑い始めた。
「ふふふ。寝ぼけてる」
「ホントだよ、美琴。何寝ぼけてんの。ていうかさ『ここは誰? あたしはどこ?』ってマジでウケるんだけど。ヘンなの〜」
麗華にとってはツボだったようで、お腹を抱えてケラケラと笑っている。
頭の中がぼんやりとしていた。私はどこで何をしていたんだっけ? 頭に中がまるで霧がかかっているような感じだ。これまでの出来事を思い出すのに、色々と時間がかかる。
いつまでもぼうっとしている私の様子が、本当にヘンだと思ったのか、
「ここは大学の中庭だよ。中庭にあるベンチ」
と、麗華が今の私の居る場所を教えてくれた。少しだけ心配そうな表情を浮かべている。
「麗華と二人で歩いてたら、美琴がベンチで寝てたから」
と、伊織。
「お休みのところ悪いから放っておこうと思ったんだけど、もうそろそろ陽が昇るし、起こしてあげようよって、伊織が」
微笑みながら麗華がウィンクする。
そうか。思いだした。ここは私の通う音大で、今、ここにいるこの私は、その音
大の中庭にあるベンチに座っている。私は私そのものだ。
「そっかそっか。ありがとー」
エヘヘ。私は笑った。どうやら、授業が終わった後にベンチに座って休んでいたところ、いつの間にか疲れて眠ってしまっていたらしい。
「一緒に帰ろう。美琴」
風邪引くよ。伊織が言った。
風邪を引く?
一瞬その意味が分からなくて、戸惑いを覚える。またも頭の中が混乱し始めていた。
「風邪を引くって、陽がもうじき昇り始めるから、ってこと?」
私は、恐る恐る伊織に視線を向けた。すると、伊織と麗華がそろって顔を見合わ
せる。この子は何を言いだすのだろう、二人ともそう言いたげな顔つきだった。
「美琴・・・どうしたの? 」
伊織が訊き返してきた。
「いや、その、えっとー・・・」
私は覚悟を決める。
「太陽が昇ると、陽が当たって温かくなるし、気温が上がるよね?・・・ 逆に太陽が沈むと、陽が当たらなくなるし、気温も下がるよね?」
「そうですよ」
麗華が首肯する。
「えっとー、それとさ」
私は一呼吸を置く。
「さっき伊織が言った、風邪を引くというのは、気温が下がって寒くなって、身体の抵抗力が弱まるから風邪を引くっていう意味よね?」
「そうですよ」
伊織が麗華に倣った。
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