第二十三話◆美琴◆
ところがその拘束は一瞬で崩れ去った。身体の主が両腕を広げようとすると、忽ちロープが引き千切られた。三人の男達はぽかんと口を空け、唖然としていた。
けれど、そんな表情は束の間だった。私の拳がピンクのポロシャツに炸裂した。顔面に直に入った。ポロシャツは、五メートル後方にある倉庫の扉まで吹っ飛んで行く。
ベコっ、という音がした。ピンクのポロシャツは倉庫の鉄扉に衝突した後、その
まま地面に落ちる。その男の顔面は文字通り凹んでいた。鉄扉が大きく拉げている。
「な」
声にならない声をあげたのは、アロハシャツだった。派手だけが取り柄の、気色の悪い青のアロハシャツだ。
次に私が向かったのは、そんなアロハシャツの方だった。二十キロ以上の重さがあるであろうドラム管を掴むと、後ずさりを始めていたアロハに向かって、片手でぶん投げた。
「ひぎゃあッ」
ボゴ、という音とともに出る、男の悲鳴。ドラム管は綺麗な円弧を描いた後、アロハシャツの右足に直撃した。アロハはその場に倒れこみ、右足を抱えて必死にもがいている。
自分でも信じられない程の驚異的な速さで駆け寄ると、その男の顔面に向かって思い切り右拳を振り下ろす。今度はゴキャ、という音がした。
「や、やめて。やめてくだ」
六発殴打した。その間、私の手の甲の骨も折れ、血が噴き出していた。皮がぐちゃぐちゃに破け、白い骨が覗いている。それでも私は構わず殴りまくった。まるで背中から第三の手が現れたような、不思議な感覚を抱いていた。
「ガ、ガガ。ガボ、ガボガボ」
アロハシャツは声にならない呻き声をあげている。
ふと顔を挙げると、黒のタンクトップの姿が消えていた。私は周囲を探る。神
経が驚くほどに研ぎ澄まされていた。僅かな空気の流れさえ、決して見逃すこと
はないだろう。
私は理解した。この身体の主に、何かが宿ったのだ。もしくは発現したのかも知れなかった。それは、人間が発揮し得る最大の力であり、それを支配する能力と言っても良かった。
この身体の主である彼女は、覚醒した。能力が目覚めたのだ。何物にも変えられない何かを失う代わりに。ほぼ全ての感情を、失う代わりに。
柱の陰から黒のタンクトップが勢いよく飛び出す。右手には男の子を刺した紅蓮のナイフ、左手にはいつの間にか鉄パイプが握られている。
「うおらぁああ」
タンクトップが猛突進を仕掛けてきた。私は身を横に逸らし、難なくナイフをかわす。そして、間髪入れずに右足で男の右手を蹴った。
蹴りはタンクトップの内側の右手首に命中する。この時、男の右肩から、ゴキンという音がした。骨が折れたか、若しくは脱臼したか。或いはどちらもかも知れない。手の平から解放されたナイフが、遥か後方へと吹き飛んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます