第二十一話◆美琴◆
一瞬、視界が真っ白になった。
ぬちゃ、という音がまずあって、銀色のナイフが突き刺さった。そして、プツンという、音にならない音がする。
これは私から・・・、いや正確には私の意識が宿っている、この肉体の主の内部で発せられた音だ。繋がっていたものが奈落の底へと堕ちていく。それを止める事はできないし、繋ぎとめることはもう永遠に不可能だ。
私は確信する。決定的な何かが、この身体の主の中で切れたのだ。
高校生、だろうか。白いYシャツを着た男の子が、黒のタンクトップを着た男に背中から刺されていた。みるみると背中が赤く染まっていく。
よく見ると、高校生と思しき男の子は、アロハシャツを着た男の上に跨っていた。アロハシャツの男は、何発か顔を殴打された後があり、高校生の男の子の動きが止まると素早くそこから離脱した。
背後から心臓を一突き。男の子は即死だった。
「おい、やべえよ。コイツ死んじまったんじゃねえのか?」
その場に立ちすくんでいた、ピンクのポロシャツを着た男がすかさず駆け寄る。
「正当防衛だ。どうってことねえよ」
黒のタンクトップが吐き捨てた。
「そ、そうだよ。お、俺らは悪くねえよなあ」
アロハシャツが興奮気味に言った。格闘があった様子で、息があがっている。
今、ふと気付いた。この光景を目の当たりにしている、本来の私の頭の中(私が宿っている主の頭ではない)で、「異感覚」のギターソロパートが流れ始めたことに。
それもピアノ版のアレンジの方だ。ナンバー「異感覚」は、ゆったりとしたペースで奏でられ、今のこの瞬間が何分にも何時間にも感じられた。
じわじわとこの身体の主から何かが失われていく。その感覚が私にもはっきりと伝わってきた。そして、じわじわと私の心も、私の意識と無関係に悲しみに包まれていく。
お腹の少し上くらいのところで小さな穴が空いて、それがどんどん大きくなっていって、悲しさや虚しさを併せ持った感情が私の全身へと広まっていく。それと同時に、恐ろしいほど巨大な虚無の波が押し寄せてくるのを認める。
もう・・・、どうすることもできない。
「(この人が感じている感情なんだ)」
私は、この身体の主が抱く感情の片鱗を肌で感じていた。無関係の私がこれほどまでの衝撃に包まれているのだ。きっとこの主は、何万、いや、数千万、数億倍もの衝撃に包まれているに違いない。
「どうせなら、この女の子も殺っちまうか?」
黒のタンクトップが冷徹な笑いを浮かべた。
「は? お前正気かよッ」
ピンクのポロシャツがタンクトップの胸倉を掴む。
「仕方ねえだろ。思わぬ邪魔が入っちまったんだからよ。もう後戻りはできねえんだよ。それに・・・」
殺すな、とは言われてない。黒のタンクトップは、はっきりとそう言った。
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