第十九話◇琴美◇

 そもそも、価値とは一体何だろう。私はバッグの中から携帯を取り出し、検索サイトにアクセスしてみる。

 価値とは、あるものを他のものよりも上位に位置づける理由となる性質、人間の肉体的、精神的欲求を満たす性質、あるいは真・善・美・愛, 仁など人間社会の存続にとってプラスの普遍性をもつと考えられる概念の総称、とあった。


 抽象的な表現が多くて、いささか難解な印象を漂わせている。私は、自分なりにこの言葉の意味の咀嚼を試みた。

 価値とは注目を集めるものである。私はそう解釈し直してみた。云わばこれは私の直感である。直感ではあるけれど、それは私を自然に納得させるに値するものだった。


 

 それでは、今の私にとって注目に値するものとは何なのだろう?

「・・・」

具体的なものではすぐには思いつきそうにない。

 宝石やネックレス、ブランドもののバッグなどは私にとってほとんど価値がない。身に付けた覚えもない。洋服にしたってそうだ。改めて私は、今日の出で立ちを見つめ直す。

 白のロングTシャツに紺のジーンズ。黒のヒール。先ほどの女性にも指摘された通り、何の飾り気のない着こなしと言えた。カジュアルな服装とも言えなくもない。良く言えばの話、だけど。


 では、抽象的なものではどうだろう。再び私は思案に耽る。

それは、「考えさせられるもの」だ。私はそう直感した。ぼんやりとではあるけれど、抽象的な方では価値というものの正体を掴めそうだ。

 それは、本でもテレビでも、世の中の出来事でも何だって良い。考える、という衝動を掻き立てられるものこそ、価値があるものと言えそうだ。そうであるからこそ、具体的に挙げることができないのである。私はそう結論づけた。

 

 価値のあるもの。それは本かも知れないし、綺麗なものかも知れないし、あるいは人気アイドルグループでもあり、世界事情を取り巻くニュースであるかも知れない。より多くの注目を集めるものも、また価値のあるものである(再帰的な価値)。・・・とも言えそうだ。

 私はここで一旦、思索をストップさせることにする。これ以上深く考えていても、今は何も思いつきそうになかったからだ。価値のあるものについては、後日改めて考えてみることにしよう。

 


 帰り支度を済ませると、私は席を立った。小説を元にあった本棚に戻すと、傘立てにあるビニール傘を取って図書館を後にする。

「雨か」

 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ふと呟いた。空は既にうす暗く、雨はシトシトと降り続いている。


 具体的に価値のあるもの、か。私は俯きながらに思いを馳せる。

 私にとってのそれは、遥かとうの昔に失われてしまっていた。

 


空が剥がれ落ちる日まで、後、四十一日

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