第十六話◇琴美◇
「浮気をするのは何も男だけじゃない。女の人だって浮気をする人は・・・」
「男のほうが多いわ。圧倒的にね」
私が喋っている途中なのに、構わず彼女が被せてくる。
「あ、ごめんなさい。ちょっと大きな声を出してしまったようね」
一瞬、反省の素振りを見せた。
「あなたの仰る通り、男の人がなぜ浮気するのか? というのは、確かに限定的過ぎかも知れない。いいわ。じゃあ、何故人は浮気するのか? ここまで話を広げて考えましょう。これで良いわね?」
「・・・」
私は無言だったが、彼女はこれを了解の合図と受け取ったようだ。
「さてと。それじゃあ、早速あなたの見解をお聞かせ願おうかしら」
彼女は豊かな胸の下で腕を組み、私の横顔をじっと窺っている。人が何故浮気をするのか、真剣に知りたがっているように見えた。そして、どういうわけか、彼女はこの場におけるイニシアティヴをも握っている。
「これはあくまで、」
あたしの見解だけど。と、繋げてからの軽い深呼吸。
「本当に好きな人と交際したり、結婚したりしていれば浮気なんて起こらないと思う」
「なんですって!」
彼女は突如声をあげた。
「声のボリュームを落として」
そう言いながら私は、唇の前に人差し指を立てる。彼女は周りの様子を窺いながら、声のトーンを落として呟いた。
「じゃあ、雄也は私のことを好きじゃないっていうの? 私のことを愛していないとでも言うの?」
「・・・少なくとも、今は」
「な」
それ以上は何も出てこないといった様子で彼女は固まってしまった。その肩は小刻みに揺れ、その唇はプルプルと震えている。
「そもそも相手のことが好きなら、浮気なんてしようと思うはずがない。本当に相手のことを大事に思っているのなら。心を通い合わす仲なのなら。そうじゃないから心に迷いが生まれ、やがて浮気心が芽生え始める。これほど単純で明確な答はない」
「おだまり! ええい、だまらっしゃい!!」
またしても大声をあげた。今度のそれはもはや奇声に近かった。
「シャラーップ! シャーラーーップ! シャァアアーーーーーラァァァアアアアアーーーーーーーーーーップ!!」
「・・・」
どうして急に英語になるのだろう。
「そんなことがあり得るはずがないわ。あり得るはずないじゃないの! 私の雄也よ。雄也は死ぬまで私を愛し続けてくれるに決まっているじゃないの!!ッ」
次の瞬間、彼女は机の上に置いてあった三枚の写真をビリビリと勢いよく破いた。これまでかという程に細かく千切り、破った紙片を宙に舞いあげるとヒラヒラと花吹雪が起こる。
彼女は、ゼエゼエと、肩で息をしていたのだった。
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