第十五話◇琴美◇
「私は、意を決して私立探偵に雄也の身辺調査を依頼することにしたのよ。よくドラマとかであるでしょ。こういうの。お昼の時間帯でよくやっているようなヤツよ。私自身もね、まさか実際に探偵に頼むことになるとは思わなかった」
フゥ、と私は長い溜息をつく。どうやら読書に集中できそうにない。そう悟った私は、静かに本を閉じ机の上に置いた。
彼女はそれを、私が話に耳を傾ける意思表示と捉えたのか、機嫌を良くした様子で一気に喋り始める。
「これがその証拠写真よ」
彼女が写真を三枚、机に並べた。そこには三十代半ばと思われる男性と、二十代後半と思しき女性が映っている。どこかのマンションだろうか。エントランスに向かって歩みを進める二人の姿がそこにはあった。数秒置きのタイミングでシャッターが切られたものと思われる。
「これがうちの旦那。そして、説明するまでもないけど、相手の女は浮気相手。このマンションは、浮気相手のこの女の住んでいるところだそうよ」
私立探偵の報告書には詳細な住所もちゃんと書かれていたの。彼女はそう付け加えた。
「この女の正体はね、旦那の課に配属されてきた入社六年目の女よ」
再び写真に目を落とした彼女は、次第に顔を歪ませると、
「この泥棒猫め! 憎たらしいったらありゃしない!!」
鋭い口調を伴わせ、親指に引っ掛けていた人差し指の弾力を以て、写真の女性を顔を勢いよく叩いた。
「それで・・・」
と、私は言う。
「あたしは何をすればいいの? あなたの話を、」
ここで一呼吸。
「静かにこうして聴いていれば良いの?」
私は、自分に敬語で話しかけてこない相手に対しては、敬語で対応しないようにしている。例えそれが、年上の人間だとしても、だ。
勿論、会社に居る時は例外である。当たり前だけれど、上司との会話は敬語だ。これはあくまで、プライベートに限った場合の話である。
「そうね。でも、それは最低限だと思って頂戴」
「・・・最低限?」
思わず訊き返していた。
「そう。最低限。はじめに言ったわよね、私。どうして男の人って浮気するのかしら? って。この問いに対するあなたの答えを聞き、そして納得をするまで私はこの席を離れないから」
彼女は噛み締める様に力強く頷いた。それは彼女自身の覚悟と強い意志の顕れのようでもあった。そして、どうやら私の予定に対する配慮は特に無いようで、私の都合などは彼女にとっては取るに足らない末な問題であるらしい。
そんな印象を受けずにはいられなかった。
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