第十四話◇琴美◇

「ねえ、どうして男の人って浮気するのかしら?」

この突然の発声と問いかけが、私に対して向けられているものだと気づくのに、それなりの時間を要した。

 今日は土曜日で仕事は休みだった。特に予定もなかったので、市の図書館で読書をすることにした。その決定を下したのは、朝目覚めて窓のカーテンを開けた時だ。生憎の空模様で、朝から雨が降り続いている。


「・・・ねえ、どうしてかしら?」

 顔を上げ、声の聞こえる右方向前方に視線を向けると、見知らぬ女性が私をまっすぐに見つめ、見下ろしているのだった。年齢は三十代半ばくらいだろうか。私とは対照的に丁寧に化粧をしていた。

「さあ」

私はそれだけ答えると、再び本の世界に戻ろうと試みる。


「あら?」

女性はそう呟き、たまたま空いていた私の隣の席にところ構わず座り込んだ。

「あなた・・・」

と一旦切ってから、

「なかなかの美人じゃない」

と繋げた。

またそれか。心の中でそう思いつつも、私は無視して読書を続ける。


「しかも白のロングのTシャツに紺色のジーンズ。靴は黒のヒール。上着も黒のコート」

女性が、私の座る椅子の背凭れに視線を移すのを感じる。

「随分とシンプルな恰好なのに・・・。はっきり言ってしまえばお洒落気のない、本来何の味気もない着こなしなのに・・・。あなたはちっとも見劣りしていない。むしろよく似合っている。スタイルもなかなかのものね」

「どうも」

私はそれだけ言うと、視線をすぐに本の方へと戻した。

「ねえ」

ところが彼女は相も変わらず私に問いかけてくる。

「私と少しお話しましょうよ。今日は雨だけれど、図書館、比較的空いているみたいだし。小声で話せば周りの人への迷惑にもならないわよ。それに、話の内容なんて聞かれてもちっとも気にしないわよ。私」


読書中の私に声をかけるのは、迷惑にならないのか。

「それで、話を元に戻すわね」

彼女は着ていた上着を脱ぎ、座っている椅子の背凭れにゆっくりとかけた。

「私の旦那ね。名前は鈴木雄也っていうんだけど、どうも浮気をしているみたいなの。・・・彼、雄也の異変に気付いたのは、つい二ヶ月前。きっかけは、帰りの遅い日が続くようになったからなんだけれど・・・」


勿論、忙しいお仕事だし、残業が長続きすることもしばしばあるのよ。と、彼女は注釈を挟む。

「でもね、彼のスーツの上着から微かな匂いを感じ取ったのよ。あれは間違いなく女の香りだったわ。私以外のね」


 話が長くなりそうな予感がした。

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