第十一話◆美琴◆
カフェを出て、しばらくすると貴文は言った。
「家まで送ってこうか? ここから美琴の家までは結構明るい道も多いし」
それにこの時間だと人気もあまりないしさ。と、優しさ溢れるお言葉も添えてくれる。けれど、その言葉が益々私を混乱の渦へと誘うのだ。
「ありがと」
でも、と私は続ける。
「一人で帰れるから大丈夫だよ」
実際、早く一人になりたいというのが本音だった。この昼夜逆転の事実を受け入れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。それに明るい道の方が怖くない。むしろ、この世界の人々の活動時間である夜の方が、一人で歩くのにはよっぽど怖い。
「演奏、良かったよ」
と、いきなりのキス。
「やめてよこんな明るいところで。絶対誰か見てるって」
つい恥ずかしくて大声を出してしまう。白昼堂々とはまさにこのことだ、と昼夜が逆転した今だからこそ思う。
「誰も見てないって」
確かに周りの人気は少ない。こんなにも明るいというのに。私は更なる違和感を覚える。
「じゃあ、気をつけて」
ゆっくりと唇を遠ざけてから、貴文が微笑を浮かべた。
貴文と別れた後、私はぼんやりとしながらもこの世界の異変に想いを巡らせていた。尤もそれは、この私にとっての、という限定的なものなのだろうけれど。
しかし、昼夜が逆転したことによる、人間の身体への影響はないのだろうか。お昼に寝て夜に活動するという事だから、基本的には太陽の光を浴びない生活になる。陽の光を浴びないでいるとどうなるのだろう。視力は弱まったりしないのだろうか。
難しいことはよく分からないけれども、身体のつくりが何かしら前(昼夜が逆転する前の世界)とは違うものになっているんじゃないのかな。と、私はそんな風に思った。それに、夜行性といわれていた動物はどうなんだろう。コウモリなんかは昼行性? になっているのだろうか。いくら考えても答えは出そうになかった。けれど、少しずつこの世界について知っていこうとする意思が私の中で芽生え始めていた。
太陽の光がとても気持ち良い。私は真っ青な空に浮かぶ朝日を見つめた。今日は良い天気になりそうだ。こんなにも良い天気なのに、これから眠りにつかなきゃいけないなんて。
ふと私は、たまにテレビでやっている怪奇特集番組のことを想った。心霊写真や心霊動画について紹介している番組だ。恐いのは苦手な私だけれど、少しだけなら、という気持ちでついつい観てしまう。いわゆる、恐いもの見たさというヤツなのかな。
心霊動画なんてどうなんだろう。大体が夜(ここでいう夜とは、お昼に起きて、夜に寝る世界での夜のことだ)に撮影したものを紹介していた。夜のトンネル、廃墟、神社。
私の知る世界では、怪奇現象は暗い時間に発生することが多かったけれども、この世界では明るい時間に起こることの方が多いのだろうか。そう考えると、明るい時間での怪奇現象が一体どういうものなのか、観てみたいという気持ちすら湧いてくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます