第十話 ◆美琴◆

 ふう、と一呼吸を置いて、それから貴文に訊ねた。

「ねえ、昨日と今日ってさ、何かが急に変わったってこと、ない?」

「変わったこと?」


 貴文の顔つきが訝むようなそれに変わる。

「うん。変わったこと。例えばさ、世界のどこかで隕石が落ちたとか。大地震のせいである国が大混乱ー!とか。天変地異が起こって世界中が大大大パニックーー!!とかさ」

「天変地異? どんな?」

「う〜ん・・・、これはホントに例えば、だけど」

私は腕を組みながら思案顔を浮かべ、貴文を見つめる。

「お昼と夜が逆になっちゃうとか」

「は?」

「あ、いや、だからその・・・」


 一瞬の躊躇が私を包む。でも、私は意を決した。

「お昼に眠ってさ、夜に起きて活動する、とか」

言ってから私は、上目遣いになって貴文を窺う。

「・・・」


ひと時の沈黙。


「ねえ、美琴」

彼、貴文は身を乗り出し、私の目のすぐ先で手を上下に振る。

「美琴の方こそ何かあったの?」

何を今さら当たり前のことを訊ねるのだ。貴文はそう続けたのだった。



 私がどんな狂瀾怒濤の荒波の中へ放り込まれたとしても、貴文ならきっと救いの手を差し伸べてくれる。そんな淡い期待が、一瞬にして崩れ去った。

 でもこれではっきりした。この世界でおかしいのは、私の方なのだ。そうであるならば、何故私がお昼と夜が逆転してしまったと思い込んでしまったのか。何故こんなにも違和感を抱くのか。そちらについて真剣に考えてみる必要がありそうだ。

 

よし、考えてみよう。


「それでさ美琴、さっきの話の続きなんだけど」


 ・・・駄目だ。分からない。というか、やっぱりおかしい。人がお昼に寝て、夜に起きて活動するなんて絶対におかしい!


「これは俺の持論なんだけど、」

彼がコップに入ったコーラを一口飲んでから繋げる。

「ともに苦境を乗り越えたっていう経験が、仲間意識を芽生えさせるんじゃないかな。それが、命にかかわる問題に近ければ近い程、強い仲間意識となる。そう思うんだよね。お互いいつ死んでもおかしくない。修羅場を生き残った者達が辿り着ける境地なんだろうね。そこには国境も敵対関係もないんだ。きっと」


 自分の考えを整理しながら喋っていたのか、貴文は最後に大きく頷いた。そして私もつられて大きく相槌を打った。ものの、彼の話は全く耳に入っていなかった。

「だいぶ明るくなってきたし、そろそろ帰ろうか」

考えていたことを主張できたことに満足気な様子で、貴文は帰り支度を始める。

「発表会の打ち上げとか、明日も色々あるんでしょ?」

ジャケットに手を通しながら、彼が訊ねた。

「あ、うん。そうだね」

頭の中は軽くパニック状態だったけれども、私は何とか我に返った。

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