第九話 ◆美琴◆
「奇妙な友情についての話をしよう。太平洋戦争で互いに殺し合っていた日本人とアメリカ人が再会した時の話だ。戦後、アメリカのセントルイスで開かれた記念式典で・・・、なんて言ったっけな。忘れちゃった。
とにかく、その式典にはアメリカとドイツと日本人の元戦闘機パイロットが多数集まっていた。そこで日本人のある男性は、多くのアメリカ人パイロットから話しかけられた。日本の航空爆撃機を二十機以上も撃墜したアメリカのエースも中には居たんだ。
冷静に考えれば当たり前だけど、二十人以上もの仲間をそのエースに殺されたことになる」
貴文は一呼吸ついてから更に続ける。
「ところが、日本人の彼には恨みや憎しみは一切なかった。それどころか、お互いに久しい旧友と再会したような気分になったんだってさ。
不思議だよね。互いの戦果を労らったんだ。特に日本の零戦のパイロットの技術は高かったらしく、アメリカ人からは賞賛を称えられた程なんだって。美琴、どう思うう?」
私は苦笑い。
「どう? と言われてもね」
貴文と私は、駅前のカフェに居る。全体的に木をベースにした造りとなっていて、切り株の椅子に柔らかなクッションが敷いてある。そんなカフェだ。パキラやドラセナの鉢に加え、若干の暗さを帯びた店内が、私達に落ち着きを与えてくれる。ここは私と貴文が愛用しているお店の一つだった。
ピアノの発表会自体は無事に終了した。私の演奏についての感想よりも先に、奇妙な友情についての話をしよう、などと宣う貴文を普段ならば締上げるところだ。
そう、普段の日常ならば。
でも、今はそれどころじゃない。
朝から? いや、夕方からだっけ。とにかく私の頭の中は混乱していた。ミスなくピアノの発表会を終えられたのは、本当に奇跡だったといえる。
お昼と夜の逆転。
今、私の中にある大きな問題。この問題が、私の頭にぴったりとこびり付いて離れない。お母さんや貴文、そして大学の友達も、この異変について何も感じていないようだった。むしろ、変だと感じているのは私だけのようだ。
私だけが、この日本社会(いや、世界中?)がお昼に眠って夜に活動する、ということに疑問を感じている。
そう。この世界で、たったの私一人だけ。一体、世界はどうしてしまったのだろう。それとも、おかしくなってしまったのは私の方なのか。
「美琴、さっきから何かぼんやりとしてない?」
貴文の呼びかけに我に返った。
「あ、ううん。ごめん。大丈夫」
巨大な丸太を平たく輪切りにしたようなテーブル(というより、木そのものだけれど) からグラスを取り、ストローでレモンティーを一口啜った。下の方にガムシロップが溜まっていたらしく、その味はかなり甘かった。
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