第三話 ◆美琴◆
美琴、美琴っ。遠くから私を呼ぶ声がする。・・・聞き慣れたお母さんの声だ。
「何時だと思ってるの? 発表会に遅刻するでしょ」
お母さんが私の部屋の戸口に立ち、ベッドに入っている私を見ていた。
「発表会?・・・誰の?」
私はベッドから起き上がり、眠たい目を擦りながらお母さんに訊ねた。
「あんたのでしょ」
お母さんは少し不機嫌顔になる。
「あたしの?」
思わず訊き返す。
「あんた以外に誰がいるの? 寝ぼけてないで早く起きてちょうだい」
お母さんは呆れ顔も混じらせながら、踵を返し部屋を出て行った。階段をせわしなく降りていく音がする。
私の中の記憶が徐々に蘇ってきた。私の名前は
きっかけは単純だった。私が敬愛しているロックバンドが、自身のナンバーをピアノアレンジでカバーしたアルバムを出したからだ。そのロックバンドは曲にピアノを盛り込むことが多く、私はピアノの旋律が特にお気に入りだった。
中学一年生からピアノを始めるというのは、稀な方かも知れない。同じピアノを専攻している大学の友達は、皆三歳か四歳ぐらいからピアノに触れ始めている、というのが殆どだから。
そうだった。今日はピアノの発表会だ。大事なことを忘れていた。
「急いで着替えなきゃ」
と呟きつつ、もう少し私の自己紹介を続けることにする。
私は運動も好きである。体を動かすのは本当にストレス解消になる。特にバドミントンはお気に入り。狭いコートの中でひたすら動きまわり、くたくたになるのがたまらない。勿論、相手をくたくたにさせるのはもっとたまらない。
恋人には一つ年下の
この前も、
「ねえ美琴、換骨奪胎という言葉の意味を知ってる?」
と、唐突に質問を投げかけてきた。私はいつもの調子で
「知ってるわけないって」
と答えた。すると、
「他人の着想・形式などを踏襲しつつ、自分独特のものに作りかえることなんだ」
こんなカンジでご丁寧な解説を頂戴した。
「ふうん」
「なんだよ。あんまり興味なさそうだな」
貴文が不満な色を浮かべる。私はそんな彼を無視して、次のようにいつもの台詞を口にする。
「で、オチは?」
数秒の間を以て、
「いや、特にオチはないんだ」
と宣う始末だった。
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