第二話 ◆美琴◆

 目を閉じる。心の中に情景が浮かび上がる。そこは青く澄んだ場所。遠くには朱鷺ときの群れが羽を広げ、広大な草原を遥か遠くへと飛び去っていった。私は朱鷺

などじっくりと見たことがない。なのに、遥か彼方へ飛び去る彼らの正体が朱鷺であると確信していた。


 気づくと、青く澄んでいた空に雲の存在を確かめることができた。


 いつの間に雲が?


  雲一つとない、どこまでも澄んだ青い空が好きだったのに。私はそう思いながらも、雲の流れに視点を合わせている。

 やがて雲の流れが加速を始めた。私が見上げる空を前方から遥か後方へ、その速度を上げていく。加速が終わることはない。次第に雲達の姿が流線形となった。もの凄い速さで頭上を通過していく。


 そして、急に辺りが暗くなった。一体どうして? 私は腕を組み、状況の変化の謎を解き明かそうと試みる。しかし、そうこうしている内にすぐに明るくなった。辺り

がまた元の明るさを取り戻したのだ。私は安堵した。心の底から安堵した。不安のきっかけとなるものほど不安なものはない。


 ところが、またすぐに辺りが暗くなった。流線形となった雲の隙間に目を凝らすと、細く輝く線や黄金色に輝く円形の線を認めた。


「あの丸い線は月?」


 そんな台詞が自然と口から出る。空を見つめながらぽかんと口を開いていると、ま

た辺りが明るくなる。今度は眩しいほどに光り輝く流線が、私の頭上を通り過ぎて行った。つい先ほど闇の中で認めた黄金色の流線よりも大きい。

 私は状況を理解した。生命の身体、心。それ以外の全てが加速していること、を。時間が加速している。何故かは分からないが、時は加速する。私は、唐突にその事実を知る。


「一体今は、何年の何月何日なんだろう?」


 しばらくして、私はそんな能天気な言葉をぼんやりと呟いていた。そしてこの加

速の行きつく果てについて、考えを巡らせた。



「きっとそこには第二世界が待っている」



 背後で声がした。男の子の声だった。ずっと昔に、聞いたことのある声。



「どんな人にでも、第二世界はやってくるんだよ」



 それが元居た世界と劇的に違う世界であれ、僅かな違いしかない世界であれ。男の子の声がさらに付け足す。とてもゆったりとしていて落ち着いた話し方だった。

 

 私は背後を振り返る。勿論、その男の子の存在を確かめるためだ。それに、第二世界とは何なのか。時の加速の行きつく果てとは、一体・・・。男の子に訊いてみたい。


「あ」


 私は思わず声をあげた。急に視界が真っ白になったからだ。

 白き闇に包まれる瞬間、男の子が青いトレーナーを着ているのが見えたが、それを最後に何も見えなくなってしまった。時の加速が、終わりを迎えたのかも知れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る