お題「怪獣のバラード」

白長依留

お題「怪獣のバラード」

『またまた、高瀬プロが××座の最年少記録を更新!』

『鬼才で奇才、天才を超えた長瀨先生がついにノーベル賞を受賞!』

『四大大会をシングルスとダブルスで全制覇! 松本桜と松本光輝の双子の神子』




 一人の人間が生きている中で、天才や鬼才と言われる化け物は一定数生まれては羨望と嫉妬の感情を向けられる。

 けれど、ここ最近は異常だった。才能が開花する年齢がのきなみ低いだけでなく、その功績が今までの天才達の比ではない。しかもそれな何人も何人も。


「もうこれ、本当に同じ人間か? 人間ってより化け物や怪獣なんじゃねーか?」


 スマホの画面をフリックして出てくるニュースが、怪獣共で埋め尽くされている。

 通学の電車の中……定期試験から解放されて久しぶりの息抜きが、嫉妬とも言えない感情に浸食されていく。


「そうだね。ここしばらく、色んな業界で天才が脚光浴びているよね」


 家も隣で幼い頃から一緒にそだった幼馴染み――二ノ宮結衣。まるで人ごとのように言っているが、怪獣とは言わないまでも、天才というカテゴリーに含まれる人間だ。いまの時代、華道は大きく取り扱われることはないが、すでに結衣は華道の世界では知らない人間はいないという存在になっていた。


 小さい頃から天才と並べられ、育ってきた空井翔琉。周りからの視線と評価という重圧の中、真っ直ぐに育つことが出来たのは、皮肉にも原因である二ノ宮結衣によるところが大きかった。

 結衣は天才でありながら、普通だった。華道はいうまでもなく、勉強もできて運動もできて、人付き合いも広いのに、普通だった。翔琉がどんなに辛くても、どんな思いを抱いていても、そっと心の内側に入ってきて、語りかけてくる。改めて考えれば普通ではないが、違和感を感じさせずにするっと……いつのまにか隣に立っているのだ。

 だけど、いまは結衣の背中も横顔も見られるが、その内……凡人は追いつけなるのだろう。いつか、埋められない溝ができるのだろうと翔琉は感じていた。


「なあ結衣」

「んー、なあに? お金なら貸さないよ」

「そうじゃねえよ。どうせ赤点とるだろうから、勉強教えてくれ。今の予約入れておかないと、おまえすぐに忙しくなるだろ」

「いや、そんな堂々と偉そうに言われても困るんだけど。予約されたって無理な時は無理だよ」

「ちっ」

「私以外にそんな態度撮らない方が良いよ。もっと友達減っちゃうよ?」

「おまえも大概だなぁ、おい!?」


 翔琉のお願いを軽く流した結衣がクスクスと笑う。周囲の座席に座っている年輩の人達が微笑ましそうに、同年代の学生からは嫉妬を含む視線が浴びせられるが、二人は気付いていない。きっと、気付いていてもくだらないと流していただろう。翔琉はその程度ですまない視線を普段から浴びていたし、結衣はその道で登り詰めるまでに色々とあったからだ。


「ねえ、今日は久しぶりにやるの?」

「そりゃ、やっとテストが終わったんだからやるしかないだろ」

「そっかー、今日はいつものがあるから、見に行けないなぁ。寂しくても泣くなよ?」

「おまえしか見に来ないわけじゃねーから!」


 翔琉の気持ちの揺れに即座に反応してくる結衣。普通なら結衣の真っ直ぐな気持ちをそのまま受け入れるのは難しいだろう。人間というのは自分を守るエリアに他人が入ると、拒否してしまうから。でも普通に入り込んでくる結衣は別だ。それに二人は長い付き合いで、心のエリアであるパーソナルスペースは近くなっている。


「放送用に録画するんでしょ? 公開前に見せてよね」

「やだ」

「やったー、ありがとね。勉強教えるんだから当然だよね」

「そうだよな、当然だよな」


 何だかんだで面倒見の良い結衣に、翔琉は感謝しながら今日はどこでやるか考えながら二人一緒に電車を降りた。




 ――♪

 曲が流れる。その表現がこれほど納得出来る演奏があるのか。道行く人が曲の流れに絡め捕られるように脚を止めていく。


『バラード』


 翔琉が心に抱えた闇も光も全てを言葉にして、曲として流れていく。観客の中には、呆然としているもの、涙を流しているもの、落ち込んでいるもの、上気しているもの。翔琉の込めた複雑な感情に様々な反応をしていく。

 ……曲が終わる。

 誰も拍手しない。誰も声をあげない。翔琉にとってはいつもの風景だった。ただ、通りがかった人達が聞いてくれただけ、それだけだと思っていた。

 聞いて居た人間は動けない。揺さぶられた心と体が乖離して動けずにいた。ただ出来る事は翔琉が楽器を片付けている姿を見守るのみ。心の荒波が落ち着いた頃には、いつも翔琉は居なくなっていた。


「生で久しぶり聞いたけど、やばいよね」


 動けずにいる観客の外側。和服に身を包んだ、結衣がいた。


「カラを破って産声をあげる怪獣……わたし、もう追いついていけないかも。でも、ずっと近くにいさせてよ……ね」


 動画投降サイトで少しずつ知名度があがってきた無名の新人。近く、新たな怪獣として心を支配するバラードを歌い出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お題「怪獣のバラード」 白長依留 @debalgal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る