2024年2月 目指せ、仲良し夫婦

~前回のあらすじ~

 お父さんの甘えた言動が気に入らないお母さんは、連日のように「離婚」という単語を繰り出していた。心の折れかけていたお父さんだったが、ふと、自分がワナビであることを思い出す。己の人生すらハッピーエンドへの道筋を描けないやつが、読者の喜ぶ物語の結末を書けるはずがない! ──限界ワナビお父さんの戦いが始まる。



 ……と、一念発起してみたものの。


 お父さんは死力を尽くしているつもりだったが、お母さんに『ミス』認定を連発されて苦戦していた。そのうちにお母さんの「おはよう」や「おやすみ」、「いってらっしゃい」、「おかえり」といった挨拶の返しは蚊が鳴くほどに小さく、あるいは聞こえなくなり、お父さんは自分の耳がおかしくなったのかと疑うほどだった。台所や廊下などですれ違いざまに身体が接触してしまうときには、その度に「近い!」と怒鳴りつけられ、少しずつ心がすり減っていく。吐く回数は朝夜二回に増えていた。


 そんな時、久方ぶりのチャンスが訪れた。娘が迎えるはじめての誕生日である。


 もちろんお父さんは仕事を休み、全身全霊をもって奉仕した。そして娘にはバースデーケーキ。初めてのスポンジ、初めての生クリーム。娘の大好物のバナナを添えて。娘はニッコニコになり、家庭に一時の平和がもたらされた。それは凪のように穏やかな日であった。本当にありがたい──やはり娘は天使であった。


 娘が笑えばお母さんも笑う。好感度プラス50。(※)


※ △と▲と▽と▼

 どうでもいい話だが、会計処理を行うお父さんは△をプラスと表記するのにめちゃくちゃ違和感がある。会計的に△は疑いの余地なくマイナスを意味するからだ……と思いながら調べてみると、日経新聞ではプラスマイナスで株価の上下を示しており、会計以外のビジネス界隈ではそれがスタンダードらしい。知らんかった。見た目的に▽や▼をマイナスとする表記もあるようだが、ここでは日経基準を採用する。


 反撃の狼煙のろしがあがった。

 次の機会はすぐにきた。お父さんの実家で、娘のお誕生祝いを兼ねた食事会の予定がたった。何かテイクアウトして気楽に家で食べようじゃないかということになり、その際、お母さんはケンタッキーフライドチキンを所望した。


 お母さんは生粋のお嬢様であり『手が汚れる食べ物』を好まない。例えば手羽先、蟹、ブドウなどである。我が家で用意することはまずないが、もらいものや出先で食べることになったときには、お父さんがお母さんのために『食べられるようにする』作業をことになる。さて、言わずもがなフライドチキンも当然そのカテゴリーに入るわけだが、お母さんは久々にケンタが食べてみたくなったらしい。流石ケンタ、麻薬のように中毒性の高いギリ合法のスパイスを用いているだけのことはある。


 当日、お父さんは油でギトギトになりながら骨つき肉の解体作業をし続けた。好感度プラス10。せっかくなので近況ノートに写真を掲載しておこう(飯テロ注意)。

 https://kakuyomu.jp/users/mizutarosa/news/16818023213783917080


 そして次の日。

 お父さんは用意した山崎製パン(※)の袋を手に取った。


※ 山崎製パン(ヤマザキ)

 あらゆるパンに手を出し業界を牛耳る覇者。更には、『春のパン祭り』と呼ばれる「シールを集めるだけで、高品質な陶器を何故かタダで配る」という怪しい行事を毎年取り仕切るやばい組織。売り場でシールをはがす犯罪者を生み出してしまうほどの影響力がある。今の時期は、購入前にシールが貼ってあるかを必ずチェックしよう。


 食べきれずに持って帰ったケンタ肉を使って、お父さんは豪華な昼飯を振る舞う。やることは単純。レンチンした後、ケンタの肉をヤマザキのコッペパン(タマゴ)にインするだけ。これが震えるほどうまい。お父さんはドヤ顔でお母さんを見た。


「飽きた」

 悲しいかな、お母さんは飽き性だった。


「ていうか、二日連続で油モノを食べさせないでよ」

 更に悪いことに、決して若くないお父さんとお母さんは、前日のうちから身体に異変が起きていた。そう──ケンタを食べれば当日中に『ニキビ』ができる。腎臓が悪いお父さんは昔から肌トラブルが多いため慣れっこだが、お母さんにとっては由々しき事態であるらしい。翌日までその原因とおぼしきケンタを食べさせようとしてくるお父さんに、お母さんはガチギレしたわけだ。


 好感度マイナス100。

 ボーナスタイムは終了した。再び地獄が訪れた。


「少しは頭を使って考えてよ」

「いつもいつも言ってるよね」

「言われた通りになんでできないの」

「ちゃんとやって」

「自分が悪いんでしょ」

「分かった? 返事は?」

「どうしてそんなにミスばかりするの?」


 片付けた椅子がいつもよりも5cmほど通路側にはみ出ていた。好感度マイナス10。

 トイレのタンクを丸洗いしたところ廊下に水滴が垂れていた。好感度▲20。

 帰宅中に自転車のチェーンがはずれて夕飯を出すのが遅れた。好感度▲30。

 お母さんの生理が早まった事に気づかずチョコを買ってきた。好感度▲1000。


「このままじゃ、離婚だよね」


 …………


 己の弱さが憎い。どうして自分はお母さんの求める『理想の夫』を完璧にこなせないのか? 自分はお母さんを幸せにできないような、ろくでもない人間なのか?


 つらい。

 あまりにもつらい。


 だが、お父さんはいつしか悟りの境地に至っていた。


「……違うよな、そうじゃないよな」

 完全に心が折れそうなとき、怒りやら何やらで目の前が真っ暗になりそうなとき、わけも分からず涙が出たとき、お父さんはになる。真っ暗な部屋の中、独りでパソコンに向かい、キーボードを叩いて自分の考えを整理する。


「別に、今が人生で一番つらいわけじゃない」

 昨年はワナビとして散々な結果だった。一次を抜けたのは通過率1/3であるMFの一回だけ。それもすぐに二次落ちしている。どこぞの評価シートには受け入れがたい指摘も書かれていたし、別の読者選考の賞ではコメントでボコボコに叩かれもした。


 ワナビならば知っている。

「一番つらいのは、『落ちた』ときだよな?」

 自信を持って送り出した10万文字の苦労が評価されないあのつらさは、送った者にしか分からない。落選という結果を前にしたときの、「落ちた? 何かの間違いじゃないのか?」というあの感覚。自分のすべてが否定され、粉々になってからゆっくりと世界に溶けていく深い哀しみ。悪夢として何度も夢に見てしまう、あの絶望だ。


「あの瞬間に比べれば、今の方が少しだけマシだろうな」

 しかも、だ。

 どれだけ落選がつらくても、お父さんはワナビをやめていない。

 何故か? 当たり前のことである……文章を書くのが好きだからだ。

 だからいつまでも書き続ける。たとえ結果が出なくても。将来、もしかすると公募という形ではなくなるかもしれないが。それでもきっと自分は書き続ける──


 だから、こう考えようと思う。

 、お父さんはお母さんのことが好きなのだ。


 結婚するとき、人生を賭けてお母さんを幸せにすると誓ったのだ。そして今もその気持ちは変わらない。陳腐な言葉で言えば、愛している。その気持ちを片時も忘れてはいけない。たとえお母さんが忘れていたとしても、自分だけは絶対に。


「都合よく大団円ハッピーエンドを目指すからいけないんだよな」

 それは一つの『逃げ』だとお父さんは気付いていた。


 自分の人生はラノベではない。お母さんは主人公にとって都合のいいヒロインではなく、そもそもお父さんは主人公ではない。起承転結、序破急、三幕構成──何でもいいが、生身の人間の人生がラノベ一冊サイズに納まるわけがないのだ。しかも二人分である。主人公を自称するお父さんが決意したところで、何か展開が変わるわけでもない。見栄えのいい仲直りなど幻想で、安易に求めること自体が間違っている。


 お父さんは長期戦を覚悟した。

 がんばろう。たとえお母さんの望むような結果が出なくても。このままいくと早死にするが、全力を尽くした結果なら仕方ない。それよりも前にお母さんが限界に達して、離婚という形になるかもしれないが。それまでは──、いや、もし離婚したとしても、お母さん(と娘)の幸せを願い続けて可能な限りの努力をする。それが俺だ。


「そんな感じでがんばります。ミスがゼロになる気はしませんが、がんばります」

 何日かの熟考を経て。

 娘が寝た後、お父さんはお母さんに考えたことをすべて伝えた。


「…………ミスしないでよ。あと、早死にしないでよ」

「できる限りがんばりますので、生暖かい目で見守っていただければと」

「そういうヘラヘラした言い方が不快だって言ってるよね」

「はい、すみません」


「甘やかしてたらいつまでたっても成長しないじゃん」

「そうかもしれないですね」

「開き直らないで」


 確かに甘えがあるのだろう。どんな努力をしたとしても、お母さんの思うミスを重ねるのであれば意味がない。結果に繋がらない努力なんて無意味どころか目障りでしょ? ……そう言われればその通りだ。しかし、限界ワナビお父さんは知っている。


 結局、すべての行動が──離婚を含めた──どんな結果に繋がるかなど……誰にも、お母さんにも分からない。のだから。


「愛してます」

 面倒臭くなったお父さんは、結論の部分だけをもう一度述べる。

 お母さんは分かりやすく不快そうに顔を歪めた。


「…………やめて。気持ち悪いから」

 今日はこの辺りが潮時か。そう考えてお父さんは席を立つ。


「おやすみなさい」

「おやすみ」

 お母さんの声が、その日は聞こえた。


 ラノベ的な理想の仲直りにはほど遠い。明日になればきっと今まで通り怒られるだろう。それでも命ある限り愛し続けることを誓って、お父さんは今晩も筆を取る。



 仲直り編、堂々の完結(ということにしてください)──


 ──次回、……どうなってるかまったく分からん。

 というより恐らく、何も状況は変わってないと思う。まぁ結局、人生なんて一ヶ月程度では都合よく好転しないのである、ちゃんちゃん。……それでは、また。



★★★★【以下、宣伝失礼】★★★★


 @mizutarosa にてX(旧ツイッター)始めました。

 ぐだぐだやってますので、そちらでも仲良くしていただけると嬉しいです。

 ぁゃιぃ業者垢以外はフォロバ100%、お気軽に御フォローください!


 https://twitter.com/mizutarosa

 https://kakuyomu.jp/users/mizutarosa(トップから鳥マーク)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る