紅白の契り その1
アサドは天にかざした刀を鞘から抜き、目の前にいる
その場にいる皆が、一体何処から、どのようにしてアサドの持つ刀が表れたのか、全く理解できていなかった。
鐘野 幸美と、原島組 組長
(あれは多分、空間系統の妖術だ…すぐに現れたから、一般に出回ってるやつじゃなくて軍隊とかで使用される方の...)
(うちの組員どたま空っぽなやつばっかだから、俺以外は術とか使わねぇんだよなぁ...軍事用虚空系の術とかの方だと考え至らねぇだろうな…)
二人の考えは、殆ど正解である。
しかし、違う点があるとすれば、アサドは術を使ったのではなく、呪具を使ったという点である。
呪具とは、術がこめられ、所有者の意志一つでその術を発動できる特殊な道具。
呪具を作るには高い術と製作の技量が必要であり、術の効果のレベルが高ければ高いほどそれ相応の技術が求められる。
故に呪具は高価なものであり、一般的に使用される空間収納の呪具でさえ、新品のノートPCと同等の価格であり、気軽に手を出せるものではない。
アサドの着ている袴。
その裾の裏地には縦5センチ 横6センチ 厚さ5ミリの空間収納の呪具が縫い付けられており、アサドはそれを使って刀を取り出したのである。
目の前の平凡な服装の少女が、そんな高価なものを持てるとは、だれも考え至らなかったのだ。
アサドは狙いを定めたのか、野球のバッターのような体勢となる。
アサドはニヤリと口角を上げ、気味の悪い笑みを浮かべる。
その場にいるヤクザたちは警戒を強め、一人の少女に銃口を向け、誰も視線を外さなかった。
しかし、ふざけているとしか思えないポーズをとっているアサドに、原島の怒りだけは限界を迎えそうになっていた。
(あのガキ…さっき俺の一張羅をダサいとかほざいた挙句、何だあのポーズはよぉ...ふざけてんのか…?このジャケット結構気に入ってんだぞ...?面は良かったなぁ…調子乗ってるあの赤いガキをブッ飛ばした後、磔にしてなぶった後、徹底的に凌辱して___)
ブレる。
全員の視界から、赤い少女は消えていた。
きゃはは!!
原島の視界の端に、勢いよく何かが転がった。
その場にいる全員の視線が、自然とそちらに移る。
混乱と恐怖によって。
それは、後頭部の凹んだ、人間の頭部だった。
「ひっ…」
それに最も近くにいたユキミは、その生暖かくぐちゃりと潰れた塊に、思わず悲鳴を上げそうになり、口をふさいだ。
白い少女は縮こまりながら、情けなくも涙目になり、しりもちをついてしまう。
しかし、もっと怖がり、情けなかったのは、先ほどまで楽しい遠足気分でいたヤクザたちだった。
その塊が飛んできた方向のあったのは、血が噴き出た、頭部のない仲間の死骸。
ほーむらん!ほーむらん!
かすかに遠くから聞こえる愉しそうな少女の声と共に、木々の間からその塊はどんどん飛びでて増えていく。
それと比例して、赤く噴き出る噴水の数も増えていく。
減っていくのは、命だけ。
原島は、なんとか冷静に状況を把握し考え、次の己が取るべき行動に移っていた。
「虚空...転移!!!!」
逃亡である。
原島の周りに方陣が出現する。移動用の空間術を使い、逃亡することを選択。原島の技量で原島自身しか転移できない。数十名の失うことよりも、自分の命を優先したのだ。原島は術の発動に成功し、その場から方陣と共に消え去った。
それを見たヤクザたちは、絶望する。
かきーん!ぴっちゃーあうとー!!!!!!!!!!!!!!!
自分たちは見捨てられたのだと、そう理解した。
学がなく、普段は思慮の浅い彼らだが、この状況がどういうことかは、鮮明に理解してしまった。
死
それしか、自分たちに待つものはもうない。
後悔
自分の今までの愚行、罪、それら全てが巡り巡って還ってきたのだと理解した。
楽な道を選ばず、まじめに生きていればこんな恐怖を、苦痛を、味会わずに済んだのではと、悔いた。
きゅーかいうら!ばったーふりかぶってぇーーー
(本トうニ...ごめんなざい...)
仲間の死骸といくつも転がってくる、もう誰かも判別できなくなった肉塊を前に、残った4〜5人の男達は懺悔した。
情けなくも、涙と鼻水を流しながら...
「アサドさん!待ってください!!!!!!!!!」
「___あ?」
その懺悔が、後悔が、天に届いたのだろうか。
ユキミは声を上げ、アサドにストップをかける。
一瞬だけブレ、土煙を大きく上げながら、アサドは遊びの邪魔をされ不満そうな子供のような表情をしてユキミの前に姿を現した。
「はぁ…はぁ…もう...殺さないでください…」
「は?何で?」
「何でって...命ですよ!?いくらヤクザでも、殺す必要なんてない!」
「私別に殺そうと思ってるわけじゃないよ?私のやりたいようにかっ飛ばしてるだけ。こいつらが生きてようが死んでようがキョーミない」
「相手の生死に興味がないなら、殺さないでブッ飛ばしてくださいよ!!!!」
「えーーーーーー」
ユキミの必死の説得に、アサドの眉はハの字になり、とても嫌そうな、面倒そうな顔をした。
自分を、妹を奴隷に堕とそうとしていた者たちを庇うこのユキミのこの言葉は、罪悪感と後悔により発せられていたものだった。
自分のせいで、自分のした選択で、人が死んでいくことが耐えられなかったのだ。
せめて、生きている人だけでも救おうと、その頭を全力で回して交渉しているのだ。
残っているヤクザたちも、ユキミの交渉は最後の希望の光なので、先ほどまで自分たちが捕まえようとしていた少女に縋って、成功を祈っている。
しかし、どんなに必死に喚こうが、アサドが何の利もなく人の言うことを聞くことはない。
「ふざけんな。一々加減したらつまんねーだろうが。それに、お前のおごった団子の対価はお前を守る、それだけだ。お前もそれを承諾しただろ?」
アサドはそう吐き捨てるも、ユキミは絶望しなかった。
予想通りだったからだ。
ユキミの心は、今不思議と凪いでいる。
罪悪感から行ったことだが、今はもうその罪の重圧はない。自分の目的である妹の救出も、この場にある命を救出もするための道が、しっかりと描けている。
賭けではある。
しかし、ユキミにはどこか確信があった。
賭けに勝てるという確信が。
頭の中に描かれた交渉成功への道を、ユキミはゆっくりと辿っていく。
「お前の望みをこれ以上聞いてやる責任はない。これ以上聞いてほしいならもっと対価を___」
「私の全てを差し出します!!!!!!!」
「___は?」
「今から出す条件を守っていただければ、私は貴女に何をされようが受け入れます!!!自分でいうのもなんですが、私は計算能力が高いです!それに、掃除、洗濯、書類整理などの大抵の雑務はこなせます!その私を永久的に貴女の好きなようにこき使っていいと言ってるんです!」
「何を言って...」
「条件1!私の妹を助けること!条件2!妹を助けるまで、殺人をしてはいけない!条件3!私の妹 鐘野 瑞江には手は出さない!以上!これで、貴女は無償で永久的に働いてくれる労力を手に入れられますが、どうしますか!?」
「…」
ユキミはアサドの前でそう言い切り、アサドは髪をかきむしりながら黙りこくっている。
白くか弱い少女は、一歩間違えれば食い殺されかねない赤い怪物に、ここまで自分の条件を表に出し、対話を試みているのだ。
その姿はまるで、聖人のようで___
「あのバカ...忙しいとか言ってたな…そうか…いいかもな…」
急にその悪鬼はぶつぶつと独り言をつぶやくと、その口元は三日月をかたどった。
「けひっ…けひっ...いいぞ。だけどな、雇用条件はこちらで決めさせてもらうし、この件がすんだらその気遣いはやめるからな?」
「…はい。それで構いません」
少女は、賭けに勝った。
小さな純白のウサギは、その身を差し出し、赤黒く凶暴な鬼を抑え込んだのだ。
(((((俺、絶対にまじめに生きるって誓おう)))))
ヤクザ達は、心の中で
そんなヤクザ達に
「で、あれの妹、何処にいる?」
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薄暗い通路に響き渡る叫び声
無造作に吹き飛ばされていく黒スーツを着た男達
扉を豪快に足で蹴り開けた、
奥の豪華な執務室の机の下で縮こまっている
何が起きたか理解できず、唖然として固まったまま手に持った酒の注がれたグラスを落としてしまう奴隷商人
藤本アサドはその狂った笑みを顔に張り付けたままこう叫ぶ
「はぁい皆さん!お手を拝借!なんつって!きゃはははは!!!!」
その瞬間に、原島からも、奴隷商人からも、片腕が消えていた
出血はしていなかった
一気に襲い掛かる痛覚、疲労感、そして恐れ
何故か血液が凝結して切断面が固まっている自分たちの右腕に理解が追いついていなかった
全く面白くも笑えもしない冗談に、藤本アサドだけが笑っていること
それだけが理解できたことだった
その理解は、ただただ、恐怖の感情を部屋に満たすだけ
藤本アサドは二人に近づき、こう言った
「檻のカギぜぇーーーーんぶ渡せ。片手あんだからできんだろ?一応血は出てないし」
奴隷商はガタガタと震える左腕でカギを全て手渡すと、少女はさっきの奇妙な笑みではない、満足げな子供っぽい笑みを浮かべた
きっとこれでようやく下らない縛りゲーから解放されるとか思っているんだろうか?
面白
心の奥底では、鐘野ユキミを助けれて嬉しいと思ってるくせに
まあ気づいてないだろうけど
これは単なる僕の予想で、あってるかどうかは別ね
いやーよくあるよね、創作でこういう話
テンプレ展開っていうのかな?見飽きちゃうよね?
僕もだね
あ、藤本アサドが部屋からスキップしながら出ていく
まあ、彼女の面白いところはこっからだから
さて、一旦息抜きでレコードでもかけるとするかな
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