#3 ワンダーワールド
赤髪の少女……アサドさんは団子を美味しそうに串から団子を抜いて食べながらそう名乗った。
今私たちは妹と合流する予定の公園に移動して、ベンチに座って待っている。
公園には、遊具で楽しそうに遊んでいる子供たちとそれを見守りながら談笑している親が沢山いた。
「はぁ…いっぱい居る……ウザ……」
アサドさんはブランコで遊びながらはしゃいでいる子供たちの大きな声がうるさくて気に入らないのか、ベンチに座り、堂々と足を組み、背もたれに寄っかかって団子を食べている。
親御さんに聞こえていないかと私は気にしながら、距離を空けてアサドさんの右隣りに座り、その顔をただ眺める。
可愛らしく団子を食べているが、少しこちらに目線を向けながら、少し訝しげにしている。
なんか怪しまれてるのかな…?
いや、堂々としろ、私。
私は背筋をピンと伸ばす。
そして、私は今後のどうすればいいのかを考える。
この子は強い。
私みたいな弱っちいやつは、この子の機嫌を損ねれば即殺される。
この人が怖い人と決まったわけではないが、追いかけてきた男たちに対しての対応を見れば、この人がカタギでは無いことは丸分かりだ。
見た目からして、歳は私と大して変わらないだろう。
そして、この子の言葉が本当なら、ここら辺に住んでいる人ということになる。
つまり、他国の人では無い。
そして、さっきこの子は基礎的な四則演算もできていなかった。
学校に行っていない可能性がある。
学校は基本的な一般家庭なら金銭面では余裕で通えるし、なんなら貧乏人でも国が援助して、中学校までなら保証して通わせてくれる。
なら、この子は家が貧乏すぎて私みたいに学校行かずに働くしかない家庭環境だったか、何かあって言っていないか……。
今回、私に団子を奢ってもらったのは財布を忘れたからであり、お金は普通にある。
なら、後者と考えるのが妥当。
……でも、この子がこの辺りを住処としている違法入国者だって可能性もある。
アサドさんの正体に色んな可能性があるから、今ある情報じゃ判断できない……。
知らないことだらけだ。
この人一人についてすら、私は何も分からない。
この子が私の知らない世界のどこかにある集団の1人だって可能性もある。
本当に世界は広くて不思議だなぁ……。
私たちが生きるこの世界は、4割の陸地と6割の海、そして様々なところにある何十何百にもある国々で構成されている。
それぞれの地方、それぞれの国には特色のある文化や気候がある。
私たちの住む倭国も、かなり特殊な国だ。
元々、この国は島国だったらしい。建国したばかりの頃は、後ろ盾となってもらっていた秦漢国からの文化を取り入れて生活していたらしいが、秦漢国で起きた大規模な内乱により、国交は断絶。
その後、周りからの影響を受けなかった倭国の文化や政治体系は独自化。技術や食、更には植生や生態系まで独特のものとなったらしい。
しかし、プレートの移動で倭国が大陸と近づきくっついたことで、倭国は外部の存在を認知。
その後、外部との交流を深め、独自の文化を残したまま発展。
化学を取り入れ、機械工学を採り入れ、人々の生活は豊かとなった。
そして百年前、牛車が自動車に、飛脚は自転車に乗るようになり、そろばんは電卓へと変わり、道端には電柱が並び、街には様々なお店が並ぶようになり、現代の世界が作られた。
他の国々も、特色を残して発展していった。
私はこれを知った時、とても感動した。
世界には私の知らないことが沢山あるんだ。
知りたい。
この目で見てみたい。
いっぱい知れることは、私にとって何よりも楽しいこと。
私も私のことについて、全然知らない。
先程言った倭国独自の生態系の生物の例の一つは、私達。
鬼霊族という、凄く不思議な種族。
世界各国に鬼や霊という種は居るが、このふたつが混ざりあった種族は、この倭国でしか存在しない。
人の姿をしており、その容姿は人からしたら美しい容姿の者が多かったとか。
力も強く、内包しているエネルギー量も多い。
種族としてはかつて生態系の頂点にいたらしい。
しかし、とある期を境に大量絶滅。
一気に希少種となった。
なるべく、種を残すため各地に散らばり子孫を残した。
種を残すため、ハーフでも良いと、他種族と交わるものも少なくなかったらしい。
その結果、純血種は居なくなり、先祖返りするタイプを除き、力もエネルギー量もほとんど人間と同じ。
現代でも生態が謎に包まれたまま、私がどういう生き物なのか分からないままだ。
知りたい。
自分の種がどういうものなのかを解き明かしてみたい。
そして、何時か私の知らない世界を見て回る旅とかしてみたいと思っている。
そのために、まずはこの貧乏を何とかしなくてはならない。
いや、今は妹と合流することが大切なこと。
今のところこの子が妹に手を出す可能性はあまりない。
あんまり深く考えてたら、何も信用出来ない。
団子を奢らされたけど、それだけだ。
この子は優しくしてくれてる。
信用できるよね。
私の身ぐるみをはいで、無理やりお金を奪うことだって出来た。
この人は、信用できるよね……。
「お前に質問あんだけどさ」
「ヒャッ…な、何ですか……?」
私は思考中にアサドさんに声をかけられ、少しびっくりしてしまった。
し、質問……?
私、何か変なことしちゃった!?
脅える私に、アサドさんはゆっくりと口を開き尋ねる。
「お前、なんで私に団子奢ったんだ?私、お前に恩を返されるようなことなんてしてないぞ」
「…………へ?」
「え?」
「ぇ…え……?」
アサドさん、なんで奢られているのか分かってなかったの……?
つまり、あの時通り過ぎた時、アサドさんはこっちには全く気づいてなかったんだ……。
分かってはいたけど、心のどこかで私のことを助けてくれたんじゃないかって、そう思っていたんだ。
「理由...私が貴女に奴隷商から助けてもらったと思ったからです」
「…へー。私がお前を助けたと思ったのか」
「はい...」
アサドさんは、どこか驚いたような表情をしながら、こちらを見た。
まあ、そうだよね。
どう考えても助けてくれたわけじゃない状況というのは、すぐにわかることだ。
自意識過剰かな...?
「落ち着く…いや、むしゃくしゃするな…すんごい落ち着かねぇ...」
アサドさんは頭を掻きむしりながら、少し嫌そうな顔をしてそうつぶやいた。
むしゃくしゃ...?
私におごられたことをラッキーだとは思ってないのかな…?
私は少しだけ、アサドさんとの距離を縮めてみようと、ベンチの座面に沿って少し移動した。
気になる。
この子の性格が。
...もしかして、この子____
刹那、乾いた銃声と共に、何かが私の左肩をかすめて、服を、皮膚を破って過ぎ去っていった。
かすったところから、生暖かい赤い物が少し流れていくのを感じる。
多くの悲鳴が聞こえ、私の周りを通り過ぎていく。
私は、まだ理解できなかった。
怖くて、理解したくなかった。
「ちっ...外したか…」
公園の奥にある木の陰から、私たちを追ってきた人たちと同じ服装をした男が出てくる。
それも、何人も。
周りをよく見る。
いつの間にか、公園にいた親子たちも皆いなくなっていた。
砂場のスコップやおもちゃ、他のベンチにある蓋の空きっぱなしの水筒を見る限り、慌てて逃げ出したと考えるのが妥当だ。
銃を打ってきたであろう、他の人たちとは違う胸元に虎の文字、腹部に虎の絵が描かれたスーツを着ている男。
その男が、獲物を狙う獣のような眼で、こちらを見てきた。
「ふぅ...逃がしてた鬼霊族のガキ見っけ...」
「一発で動けなくさせてくだせぇよ組長...なぜかは分からねぇっすけど、4人やられてるんですぜ…?」
「おい、他にいた奴ら、銃声で全員逃げちまったがいいんですかい?サツが来ますぜ」
「さっさと捕まえてずらかればいいんだよ。それで連絡のあった二人は捕まえ終わったわけだ。希少な種族は商人たちからしたら、のどから手が出るほど欲しいはずだ…あれを見つけたやつらをやったのがあの白髪のガキなら、先祖返りの可能性もある。うるせえ馬鹿どもも鬼霊族二人も連れてこられれば黙るはずだ。ついでにそこのガキも性奴隷としては最高だろうしな」
私はバカだなぁ...
奴隷の使い道は多種多様だが、倭国で使われる奴隷は大半が裏社会での大企業の労働力としてこき使われる。
無休で働かせたり、風俗店の店員として身体使ってそういうことさせられたりする都合のいい店員にさせられたり...。
だけど、私たちを捕まえたい理由なんて、労働力とか下働きとかそういうのじゃないって、すぐにわかるだろうに。
私たちが鬼霊族だからだ。
それに、こんな状況に追い込まれたのはなぜか?
アサドさんがその騒ぎに何の反応もなかったから、気づけなかった?
この人にとって、周りの反応などいちいち気にする必要なんてなかったからか?
いや、違う。
こうなった原因は、私だ。
過集中。
今この最悪な現状の原因であり、私に悪い癖。
私が早く気づけば、こんなことにはならなかっただろうに。
しかも、あの組長と呼ばれてた男の発言…
『これで連絡のあった二人は捕まえ終わったわけだ』
妹も、捕まったということだ。
私は、判断を間違えた。
お姉ちゃんとして、妹を守れなかった。
なんで私は妹と一緒に逃げるという選択をしなかった?
なんで私は妹なら一人で逃げ切れると思った?
なんで私はこんなところで人に団子なんておごって、ぼけーっとしていた?
なんで、なんで、なんで、なんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで___
「…よし。契約内容はあのダサい服を着た男とゆかいな仲間たちを私がのしてやる。その報酬をこの団子ってことにするけど、いいよな?これで、トントンだ」
「…へ?」
「…は?ダサ...い...?」
「「「「「「「「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」」」」」」」」
アサドさんは、この状況で急にそんな場違いなことを私に提案してきた。
私が自分に嫌になってる最中、私に団子をおごってもらった理由をアサドさんが納得できる内容で考えていたのだ。
もう、頭の中が無茶苦茶だ。
色んな事が同時に起きて、流れも滅茶苦茶で、何が何だか分からなくなってる。
まるで、天神が無理やりそうしているみたいだ。
けど...
賭けるしかない。
他人頼りだけど、それでも妹を少しでも救える道を選ぶしかない!
「それで...お願いします…!」
私は、大声でそれを承諾する。
すると、アサドさんは私に寄ってきて、私の小指とアサドさんの小指を絡ませてきた。
赤い少女は薄ら笑いを浮かべながら、歌い始めた。
「ゆぅびきりげぇんまぁん~う~そつ~いたらはぁりせぇんぼぉんのぉ~ばす...指きぃった!!!!」
子供の誓約書に、私とアサドさんは印鑑を押す。
そして、アサドさんはベンチから立ち上がり、天に掌をかざす。
「さっさと捕まえてみろよ!ろくでなしの間抜け共!」
少女は刀を天にかざしながら、そう高らかに笑った。
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