第26話 新年会


「今更ながら、新年会ですよー!」


「お、おぉー!」


「慣れねぇ……」


 もはや正月も終わるだろって頃に、俺達は集まって騒いでいた。

 いやぁ……何だコレ。

 普段は非常に落ち着いた、というか静かな年末年始を迎えていた筈なのに。

 今回は炭火も加わった事により、えらく騒がしいモノとなっていた。

 食事自体は豪華だが……深夜零時を回った後に食うものなのかと思ってしまうパーティー料理が炬燵の上に並んでいるんだが。


「……太るぞ」


「新年早々何を言いやがりますか、この腐れ作家は!」


 炭火に思い切り右ストレートを頂いてしまった。

 いやだって、これから寝るだけだし。

 だと言うのに目の前には、これからクリスマスパーティーでも開くのかって程の食料があるのだが。

 クリスマスはもう終わったぞ、結構前に。

 確かにその時も、特に何もしなかったけど。

 でも、終わってるぞ。

 今は新年始まってんぞ。


「あ、あの炭火さん……こういう時こそ配信して集客のチャンスだと思うんですけど……」


「ご心配なくパクチー先生! 知り合いと予定を組んで、順に配信を回す形を取っていますから、私の出番はもう少し先です! 新年の番組みたいで良いですね!」


「一番いいタイミングは、他の面子に譲った……もしくは取られたと」


「焼肉先生? マジで、うるさい」


 パクチーといちゃいちゃしている炭火は、やはり此方に仄暗い笑みを向けて来るのであった。

 配信業界も、色々あるのだろう。

 俺達の様な人間には想像出来ない何かが。

 とはいえ想像出来ないと言えば、少し道を外れれば全てそうなのだ。

 たとえば、漫画業界とか。


「焼肉? どうかした?」


 ふしぎそうな顔を向けて来るパクチーに対して、いつも通りの笑みを浮かべて首を横に振った。

 彼女の先輩から頂いた言葉。

 それをまだ、俺は彼女に伝えられないでいる。

 だってそうだろ。

 専門外の立場に居る彼女に、どうして偉そうな台詞が言えるモノか。

 むしろあの人は、何故あんな自信満々に言えるのか。

 思わずため息を溢しそうになるが、それをグッと我慢しながら目の前の料理を手に取った。


「年始って言ったら……もう少し大人しいモノ食うんじゃねぇの? チキンって、マジでパーティーじゃん」


「それはお正月の朝でしょうが。夜に御節食べたいですか? 欲しいなら出しますけど。二人共それどころではなかったので、冷蔵保存してありますよ」


「つ、作ってあるんだ……凄いね、炭火さん」


 やけに家庭料理スキルが卓越した元アイドルは、このパーティーを止めるつもりは無いらしい。

 まぁ、別に良いんだけどさ。


「それからもう一つ、お知らせがあります!」


 騒ぐ二人を尻目にチキンを貪っていれば、彼女はノートパソコンを此方に向けとあるムービーを見せて来る。

 そこには企業V、と言えば良いのか。

 要は会社に所属する様な、配信者の宣伝動画。

 いくつかのシルエットが映し出され、カミングスーン! とばかりの予告映像が流れていた。

 そして。


「私、この内の一人です!」


 なんか凄い事言いだしたぞコイツ。


「今守秘義務違反で通報したら……」


「おいコラ焼肉! お前は私に何の恨みがあるんだ!? 私の人生潰そうとするんじゃないわよ!」


 ですよね、すみません。

 あまりにも驚きすぎて、変な事を言ってしまったが。

 もう一度PVを再生し、シルエットを何度も確認するも。


「うわぁ……どれが炭火かわっかんねぇ……」


「そりゃそうですよ、立ち絵だってガラッと変わりますから。あ、でも今までの雰囲気はそのままですから、登場したらすぐ分かると思いますよ? ちなみに名前は同じなので、今後も炭火です」


 と言う事らしく、彼女は来年……じゃ無かった。

 今年から企業に勤める配信者となるらしい。

 凄い、良く分かんないけど凄い。

 そんな感想を残しながら、ひたすらチキンを喰っていると。


「お、お、おめでとぉぉ! 炭火さん凄い! ごめんね、配信行けなくて! でも凄い! めでたい年の始まりだよぉ!」


「パクチー先生! ありがとうございます! 私、公式Vになってもパクチー先生を推し続けますから!」


 二人は、何か良く分からないがヒートアップしていた。

 そうか、やっぱり企業Vと言うのは凄いのか。

 何てこと思いながら、ノーパソをポチポチしていれば。


「お、これってお前が所属する会社の配信者? って事はこの女の人も先輩になるのか。今生放送してんじゃん」


「あ、そうそう。その人は結構緩い絡みをすると言うか、誰とでも仲良くなる人でね? お兄ちゃん大好きっ子、たまに配信にお兄さんの声が乗ったりとかする……あ、ほら今も何か言ってる」


 ソレは大丈夫なのか? と言いたくなってしまったが。

 耳を澄ませてみれば、確かに男性の声がほんの少し聞こえて来る。

 普通なら彼氏だとか何だとか炎上しそうなものだが、本人が「お兄ちゃん」と発言している上に、コメント欄も『お兄さんもっと声上げて!』なんて盛り上がったりもしているが……気のせいか? 以前行った焼き肉屋の“バイト”さんの声に聞えるんだが。

 流石に気のせいだよな?


「いやぁ、凄いね。配信者ってあんまり詳しくないけど、今ではテレビとかにも出るんでしょ? 凄い世界だぁ」


「パクチー先生、ソレを言うならまずはテレビを家に設置してから言いましょうよ……」


 二人は特に気にした様子もなく、そのまま会話が続いて行った。

 炭火はともかく、パクチーが反応しないって事はやはり俺の勘違いだったのだろう。

 と言う訳で、そちらは一旦意識の外へと投げ捨て。


「パクチー、えぇと、その……」


「ん? どうしたの?」


 どうにか猫背作家先生の話していた内容を切り出そうとするが……どうにも上手くいかない。

 だって、急に“お前は凡才なんだから、無理して体壊すな”なんて言えるか?

 お前の目指した絵師はマジで天才だから目標にするな、お前が目指した俺と言う作家は凡才だから、目指す価値なんか無い。

 そう、言って良いモノなんだろうか?

 いや、絶対ダメだろ。

 もう少し言葉を選べと、俺でも思う。

 だからこそ、視線を逸らし。


「前に上げた話……書籍化決まったわ」


「ホントッ!? 凄いじゃん! こりゃお祝い事が続くね!」


 それだけ言って、彼女は缶チューハイを呷るのであった。

 新年。

 みんなお祝いムードで、楽しくやっている時間。

 最近はパクチーだって無理をしている様にも見えないし、こうして遊ぶ時間も増えた。

 だからこそ、このまま……そう、思ってしまったりもするが。

 いつかは、釘を刺さないといけないのだろう。

 俺から見ても、彼女の“コミカライズ”は特に異常だ。

 あまりにも原作を“気にし過ぎている”。

 アレが再発する前に、俺から伝えなければ行けないのだが……。


「こりゃ私もデビュー当時から宣伝材料が……って、あぁそうか。まだ宣伝しちゃいけないんですもんね。発売されたら、こっちでも話題に出しますからね!」


「順風満帆って感じだねぇ、凄いや。新年からいっぱい良い知らせばっかりで」


 そんな事をいいながら二人は笑っていた。

 そう、良い話ばかりだ。

 だからこそ、不安になる。

 俺達が忙しくなった時、パクチーがまた無茶をするんじゃないかと。

 彼女の才能を認めていない訳じゃない、凄いって心から思っている。

 でも彼女だって、普通の女の子なのだ。


「無理、すんなよ?」


「分かってるってば。もう倒れたりしないからヘーキヘーキ」


 そんな言葉を頂きながら、俺達の新年会は夜遅くまで続くのであった。

 炭火の用意した料理を食いつくし、彼女の配信時間になるまで。

 そして、彼女が部屋を去った後も。


「炭火さん、トーク上手いねぇ」


「だな、俺等には真似出来ねぇわ」


 モニターに映る炭火のアバターを見ながら、二人揃って久し振りの新年会を終えるのであった。

 こういうのは本当に久し振りで、今まではイベント事なんて見向きもしなかったのに。

 でもやっぱり、不安要素の多い訳で。


「パクチー」


「うん?」


「マジで、無理すんな」


「大丈夫だってば、心配性だなぁ……」


 そんな事を言いながら、俺達は炬燵で力尽きるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る