第24話 凡才は憧れる


「いやはや、申し訳ない。パクチー、完全回復致しました!」


 数日後、パクチーが家に戻って来た。

 その瞬間、俺達の部屋で彼女の帰りを待ちわびていた炭火がハグタックルをかましていたが。


「パクチー先生ぇぇぇ!」


「ごめんねぇ、御心配お掛けしました。ところで炭火さん、我が家で待ってるって事は……そのぉ……焼肉と良い関係になっちゃった?」


 やっと帰って来たばかりだと言うのに、玄関先で空気が凍り付いた気がする。

 帰った瞬間に浮気現場を見つかってしまった男と言うのは、こういう状況なのだろうか?

 とはいえ。


「ありえん、コイツとは特に」


「パクチー先生! まだ体調が万全じゃないんじゃ!? 私ほどの美女が、こんな焼肉程度で満足すると思っているんですか!?」


「てめぇ、こら炭火。ある事無い事書いて燃やすぞ」


「うるっさいですよ焼肉先生! 送迎の車出したくらいで勝ち誇ってるんじゃないわよ! そもそもアンタの観察力洞察力が足りないからパクチー先生が!」


 なんて、怒鳴り合っていれば。

 クスクスと笑い始めたパクチーが、ゆるい笑みを浮かべていた。


「ただいま、戻って来たぁって感じしましたわ。ごめんね二人共、心配掛けました」


 そういって、彼女は俺達に頭を下げるのであった。

 コレで全て元通り……に、なれば良かったのだが


 ※※※


「うぅぅ~担当さんから、ペース落そうって言われてしまった……」


「まぁ、それが良いな。というかそう言ってくれる担当さんで安心したよ」


 戻って来たパクチーが即PCへと向かい、メールを確認したあと溶けた。

 ベチャと、完全に脱力した様子で。


「でもさぁ……最近伸びが良かったのに、ここでペース落しちゃうのは……」


「それでまたパクチー先生が倒れたら意味無いじゃないですか! ここは暫くお休みにしましょう、ね!?」


 炭火に関してもどうにかパクチーを休ませようと必死に抗議してるが、どうにも本人は納得していないらしく。

 未だに「う~ん、う~ん」と唸りながら頭を揺らしていた。

 とはいえ流石に、倒れて戻って来たばかりでは我を通す事は出来なかった様で、炭火に連れられてリビングへ向かって行った。

 さて、それでは。

 俺は俺で作業を進めて……などと思いながらPCを起動すると、メールが一件。

 仕事用のメールアドレスなので、何かしら進展でもあったのかと確認してみると。


「げっ……」


 そこには猫背作家先生の名前が。

 これはもしや、どこからか話を聞きつけて再びお説教が始まるでは……?

 などと思いつつ、メールを開いてみれば。


 肉焼肉先生、平素よりお世話になっております。

 先日は急なお誘いにも関わらず御参加いただき、ありがとうございました。

 そして本日は後輩の状況について情報共有して頂きたく、ご連絡した次第です。

 倒れて病院送りになったという件に関しましては、本人SNSの投稿により確認しております。

 普段から迷惑ばかり掛ける後輩で、本当に申し訳ありません。

 今回お聞きしたいのは、体調の他に仕事方面でお話をお伺いしたいと思いまして。

 当の本人に聞いても、問題ないとしか言わないでしょうから。

 度々お時間を頂いてしまう様で申し訳ないのですが、近い内に時間を作って頂く事は可能でしょうか?

 どうぞ、よろしくお願い致します。


 なんとも、非常に業務メールらしい文章が届いていた。

 というか時間を取ってくれって事は、直接会おうって事で良いのかな?

 更に言うなら、今回は俺一人呼ばれている様だが。


「えぇ~っと……メール届いたのはさっきみたいだし。“今は忙しい仕事が無いので、本日でも問題ありません。パクチーも今日帰って来たばかりです。何処へ向かえばよろしいでしょうか?”っと」


 早速返事を返してみれば、向こうからもすぐさま連絡が届く。


『ありがとうございます。ではそちらの最寄り駅近くの喫茶店に集まりましょう、詳細な場所はURLを――』


 と言う事で、本日の予定が決定したのであった。


 ※※※


「何度も呼び出して申し訳ない、肉焼肉先生」


「いえいえ、此方こそ。でも、良いんですか? 猫背作家先生と言えば、今かなりの本数連載してますけど……こんなに時間作っちゃって」


 そんな挨拶を交わしながら、本日は男二人で喫茶店。

 パクチーに先生の所に行くと言ったら、絶対変な事を言わないでくれと釘を刺されてしまい、炭火に関しては俺が居ない間に隠れて仕事しないか監視しておくと頼もしいお言葉を貰って来た。

 なので、特に気兼ねすることなく時間が使える訳なのだが……問題は相手の方。

 この人、俺と違って随分忙しい筈なのだが。


「今契約している出版社は、まだ年末年始の休みですから。原稿をせっつかれる事はないんですよ。だから大丈夫です」


「先生でもそういう事、あるんですね?」


「そりゃもちろん。普段からずっと執筆出来る訳でもありませんし、書けねぇぇ! って頭を抱える事の方が多いくらいですから」


 何本も連載を掛け持ちして、アニメ化ドラマ化なんて話も聞く様な人なのだ。

 俺みたいな事態には陥らないのかと思っていたが……結構意外だ。

 そんでもって、今の所普通に敬語で柔らかい感じに喋っているので、本日はお説教という訳ではなさそう。


「それで、パクチーの事なんですけど……すみません、俺の責任です。先生からあんなに言われたのに、アイツを見ていても気付いてやれなかった」


 本日の本題を、此方から切り出して頭を下げた。

 彼からすればパクチーは高校自体からの後輩であり、今でも夫婦揃って気に掛けている存在。

 だからこそ前回今の俺達の関係に対し、アレだけ厳しく言われたというのに。

 たった数日で、こんな情けない報告をする形になってしまったのだ。

 今日ばかりは、何を言われても飲み込むしかないと腹を決めて来ていたのだが。


「頭を上げて下さい、別にその事を攻める為に今日来た訳ではありませんから。それに、むしろ頭を下げないといけないのは此方の方だ」


 そんな事を言いながら、逆に頭を下げられてしまったではないか。

 えぇと?


「どうやらあの馬鹿……ウチの妻が後輩に余計な事を吹き込んだらしく、それに感化されたのでしょう。本当に申し訳ない。俺も後輩の事となると、熱くなって偉そうな事を言ってしまい申し訳ない」


「あぁいえ、俺が言われた事はごもっともと言うか……えぇと、“絵具女”先生の話って言うと、絵の事と先生達がお付き合いを始めた時の話ですかね? パクチーから少し聞きました」


 言葉を返してみれば、彼は大きなため息を吐いてから。


「俺は、どちらかと言えば焼肉先生や後輩と同じタイプでして。書いて書いて、とにかく書いて。その中でいくつか成功を収めた人間です。しかし妻は違う、昔から天才肌なんですよ。そんな相手にアドバイスを求めては、返って来る答えは果てしなく高い壁を作ってしまう。しかしそれを実行しようとして倒れたのが、あの馬鹿後輩と言う訳です」


 ちょっと何を言っているか分からないと言うか、猫背作家先生が俺等と同じタイプってなんだ。

 明らかに成功して来た作品の方が多いだろうし、俺なんかと比べ物にならない程売り上げを伸ばしている筈なんだが。

 なんて事を思い、少々疑わしい眼差しを向けていると。

 彼は困った様に笑い。


「本当ですよ。今度何処にも見せていない失敗作の山でもお見せしましょうか? 読むに堪えない酷いものですが」


 そんな事を言いながら、静かに珈琲を啜るのであった。

 失敗作の山、なんて表現しているが。

 この人程の技術があれば、それすら価値がありそうなのに。

 とはいえ気持ちは分かる。

 いくら積み重ねても、“これはダメだ”と自分で判断した作品はネットにも上げずフォルダの中で放置される。

 そこだけは、俺も同じよう事を繰り返しているのだから。


「それで、絵具女先生の話というのは……」


「アイツは、本当に天才です。今でこそ俺の妻になっていますから、自慢の様に聞えてしまうかも知れませんが……妻となった今でも、嫉妬してしまう程に」


 小さなため息を溢しながら、彼は静かに奥さんの事を語り出すのであった。

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