第22話 届かない筈の夢と憧れ
「あの……パクチーさんや」
「ん? どうしたの、焼肉」
先生達に奢って頂いて、たらふく食った帰り道。
どうしてもパクチーが言っていた内容が気になり、ずっとソワソワしていた訳だが。
「さっきの話、“絵具女”先生と話してた内容なんだけど……」
「うん、漫画の事だけど。それがどうしたの?」
これと言って特別な事など無かったかの様な反応を示すパクチー。
だけどさ、ほら、アレじゃん。
色々気になる事言ってたじゃん。
「俺とは付き合わないとかなんとか……」
「うん、目的達成までは。というか焼肉も、付き合うとか結婚とか考えてないでしょ?」
はい、これまでの事が全て裏目に出ました。
そうですね、全部俺のせいですね。
「ちなみに……目標達成ってのは?」
「それはねぇ~」
どうやら向こうも俺と猫背作家先生と同じ様な話をしていたらしく。
誰かの作品を絵にするとき、描かれていない通路の先まで想像して描いているか? という話題が上がったとの事。
彼女のその発言は、パクチーにとって衝撃だった様で。
非常に感銘を受けたと、そう言う事らしい。
そしてソレは、より作品を理解していないと出来ないと気付いたとの事。
俺の場合はその詳細まで物語に落とし込め、と言われたが。
彼女の場合は、“読み取る”方のアドバイスを頂いた様で。
話はソレだけに収まらず、先生達がくっ付いた時の思い出話にまで華を咲かせた御様子。
「猫背作家先生が一冊も本を出してない時に、家に乗り込んでプロポーズしたんだってさ。父親の下じゃ才能を伸ばせない様だから、俺が貰うって」
「うへぇ……そりゃすげぇ」
俺達の場合には、あまり実家と関りが無いのでそう言う事態にはならなそうだが。
それでもパクチーは、楽しそうに話を続けた。
「それでね、相手のお父さんを認めさせるために必死に書いて。その時初めて本を出したんだってさ、ソレを手に“自分は小説家だ”って言い放ったって」
「……すげぇな、マジで。本当に当時高校生かよ」
果たして俺には、それ程の事が出来るだろうか?
確かに今まで本を出した経験はある。
しかしながら、そこまでの覚悟を持って出版して来ただろうか?
お声が掛かったから、コンテストでギリギリ拾って貰えたから。
ラッキーだった、なんて。そこまで卑下して考えている訳ではないが。
それでも、あの先生の様に。
誰かの為に、実力で結果を捥ぎ取ったと言える程の感情を向けて来ただろうか?
多分、違う。
一度認められて、調子に乗って。
いくつもいくつも没作品を生み出しながら、次にお声が掛かるのを待っていた気がする。
認められた、俺には曲がりなりにも実力があるんだ。
そう、自分に言い聞かせながら。
『いつかいつかと呟く者程努力が足りない。だったら今から死ぬほど努力しろ、次は勝つという意気込みがそもそも足りない。そんな生半可な気持ちで生き残れる業界だと思っているのか?』
あの言葉は、それ程の努力をした者だからこそ言える台詞だったのだろう。
努力していない訳じゃない、結果がまるで伴っていない訳でもない。
それでもやはり、彼ほどの“覚悟”を持って作品を書いていなかった気がするのだ。
「だからね、私は決めちゃった訳ですよ。私の夢は焼肉のお話をコミカライズする事、焼肉の隣に居る事。多分今までずっと甘えちゃってたんだと思うんだ、一緒にいたから、コレで良いやって」
「えぇと……」
「私、先輩達みたいな覚悟を持って、胸を張れるくらいの実力を持って焼肉と並びたい。だから、ソレが出来るまで恋だ愛だって語らない事にしようって。そういうのは自分がちゃんとしてからじゃなきゃ、相手に失礼だもんね」
フンスッと気合いを入れるパクチーは、小さい掌をギュッと握りながら宣言した。
どうやら、女性陣の方がしっかりと仕事の話をしていたらしい。
男性陣は、後半恋愛関係の説教と慰めばっかりだったので。
とはいえ。
「パクチーはさ、ソレが達成できれば俺と付き合うの?」
「ん? ん~まぁ焼肉次第だけどね。でも、告白はすると思うよ? 好きです、私をお嫁さんにして下さいって。でもまずは、自分がしっかりしてからじゃないと。もっともっと担当作品を読みこんで、理解して、その上で絵を起こす。それが出来ないと、多分私は漫画家として食べていけないから。それにホラ、私ってオリジナル苦手だし。だから、まずは任せてもらった作品を完璧に仕上げようって」
非常に良い笑顔で笑うパクチー。
でも彼女は、自分の言っている事が分かっているのだろうか?
他人の書いた作品を、完璧に読み取るなんてほぼ不可能なのだ。
作者の意図、隠した思考。
そう言ったモノまで読み解き、相手の頭の中にしかない世界地図を限られた文章の中で完全に再現する。
そんなものは、不可能だ。
「意気込み過ぎるなよ? それ、多分滅茶苦茶難しい問題だから」
「わかってるってば、焼肉。どうしても“私なりに”って感じにはなっちゃうと思うけど、それでも。今後はそこまで考えて絵を描こうって思ったって話!」
全部、俺のせいなのだろう。
俺がはっきりしなかったせいで、彼女に更なる目標を課してしまった。
普通なら、今のままでも良いんだ。
途絶える事無く、こういうお仕事を貰えるだけでも凄い事なんだ。
そう言ってやりたかったのに、今の彼女にその言葉を紡ぐ事は出来なかった。
まるで自らの道が見えた、とでも言わんばかりのワクワクした表情をしながら笑っているのだから。
でもそれは多分、これまで以上に辛い道のりだ。
「無理だけは、するなよ?」
「分かってるってばぁ、焼肉は心配性だなぁ……」
なんて言葉を交わしながら、俺達は雪でも振りそうな夜道を歩いて帰っていくのであった。
※※※
「ちょっと、焼肉先生? パクチー先生、どうしたんですか? いつもより……その、雰囲気が」
「……色々あって」
物凄く心配そうな顔の炭火に、そんな事を言われてしまった。
しかしそう言いたくなるのも分かる。
ジッとモニターを見つめ、今担当している作品の文章を読み続けているのだから。
「パクチー、そろそろ休憩にしよう」
一声掛けてみれば、彼女は此方を振り返る事さえせず。
「ごめん、もうちょっと。もう少しで一区切りする所だから」
「……そっか」
集中した時ってのは、大体こんなもんだ。
そう言えれば良かったのだが。
「あ、あのパクチー先生? 今日はクッキーを焼いてみたんですけど、良かったら……そのぉ」
「ありがと、炭火さん。でももうちょっとだけ待って、ごめんね」
明らかに異常だと言える程、仕事にのめり込んでいた。
恐らく彼女の先輩達が言っていた“過程”と“結果”、更には“実績”。
そしてその“覚悟”を真似ようとしているのだろう。
でも俺達は……天才じゃない。
「パクチー、休め。流石にやり過ぎだ」
「でも、ごめん。もうちょっと、もうちょっとだけだから。これが終わったら休憩するから」
モニターから一切視線を外さず、彼女はそう言い放った。
本気で、死ぬ気で。
そんな言葉を俺も頂いたが。
しかしコレは違うと断言出来る。
彼等が言っていたのは、こう言う事じゃない。
でも。
「一時間以内に決着をつけて、休憩してくれ」
「うん」
それだけ言って、俺は仕事部屋を後にした。
後ろから慌てた様子の炭火が付いて来て、俺の袖を引っ張って来る。
「いいの!? 最近のパクチー先生ずっとあんな感じだよ!?」
「良くない、良くないけど……あぁなったら、何を言っても邪魔になるだけだよ」
凡人が高みを目指す時、努力しようと身を削る思いで動く時。
こうなってしまうのだ。
その努力が実を結ぶとは限らないのに、ギリギリまで踏ん張ってしまうのだ。
俺もあぁいう状況になって、食事を忘れた事が何度もある。
でも、ソレを近くで見ている身としては。
「心配で仕方ないな……」
「ようやく私の気持ちが分かったバカタレ! 二人共集中するとヤバイんだから程々にっていつも言ってるでしょうが! しかも今回はパクチー先生が完全にのめり込んじゃってるし……」
暇ではないだろうに、いつも此方の部屋に訪れる炭火の気持ちが少しだけ分かった。
コレは確かに、定期的に観察しないと不安になるわな……。
こんな時、俺がもっと近い存在だったら止められたのだろうか?
せめて飯を食えと叱る事が出来たのだろうか?
彼氏だったら? 夫だったら?
でも今の俺は、ただの他人なのだ。
そんな存在に仕事を邪魔され、ソレが原因で作品が失敗してみろ。
多分それは、彼女にとっての消えない傷になる。
「はぁぁ……マジで何やってんだ俺」
「ホントだよ! しっかりしろよ焼肉先生!」
炭火だけは、情けない俺に活を入れてくれるのであった。
尻に膝蹴りという、結構痛い感じではあったが。
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