第21話 先人


「き、来てしまった……」


「わ、わぁ……学生時代にも来たお店だぁ……」


 数日後、俺達は結局飲み会の誘いを受けて指示された場所へとやって来た。

 目の前にあるのは、ナビが無かったら通り過ぎてしまいそうな目立たない焼き肉屋。

 どうみても個人経営店であり、知る人ぞ知るって感じ。

 しかもパクチーの話だと、学生時代の思い出の店だというではないか。

 そんな所に呼ばれたと言う事は、俺達の事を認めてくれたって事なのか。

 それともガチのお説教なのかどちらかしか無いだろう。

 思わず緊張のあまり深いため息を吐いてしまえば、そのタイミングで店内から店員さんが顔を出した。


「あれ? いらっしゃい、営業はもう少ししてからですけど……って、あぁぁ! もうしかして“肉焼肉”先生と、“パクチー”先生!? パクチー先生の方は見覚えあるわ! いっつもお説教受けながら下向いてた子! 今いくつになったの? ウチに来てたの、高校の時だよね!?」


 やけに派手な髪色の、テンションの高い店員さんがいきなり此方に絡んで来た。

 俺達に、というよりパクチーに。

 その勢いもあってか、彼女は思いっきり俺の背後に隠れてしまったが。


「お、お久し振りです……“バイト”さん……」


 バイトさん?

 歳や雰囲気から、バイトって感じはしないのだが……とはいえまぁ、派手だし。

 というかこういう小さいお店で正社員ってあるのか?

 いやもしかしたら、この人も別の仕事があってハンドルネームみたいなモノ?

 パクチーの事は知っている様だが、名前ではなく作家名で呼んでるし。

 なんて色々と考えてしまう事態ではあるのだが。


「うっす、お待ちしておりました。どうぞどうぞ、“お二人”はもうお待ちですよ?」


 えらく軽い様子で、俺達は店内へと案内されてしまうのであって。

 そして。


「お、来たねぇ。久し振りぃ」


「後輩、久し振りだな。まぁ座れ」


 カウンターに例の二人が並んで座っておられた、何故そこ。

 普通さ、こういう時って個室じゃない?

 俺等の立場上、話す内容はアレな訳でして。

 カウンターで堂々と話す内容でも無くない? とか思ってしまったが。


「お、お久し振りです先輩方……」


 プルプルしたパクチーが頭を下げたことにより、退路は失われてしまったらしい。

 それどころか、二人が両脇の席を叩いているではないか。

 こ、これはどちらに座るのが正解なんだ?

 そんな事を考えながら、二人して直立不動で入口に立っていれば。


「いらっしゃい。兄ちゃんがこっちの席だ、嬢ちゃんはそっち。早く座んな」


 本当にカタギの方でしょうかって程強面の店主に促され、俺達は各々の席に腰を下ろした。

 そして俺は、猫背作家先生の隣。

 あぁ、これは終わった。

 そんな事を思いつつ、カウンター席で大人しくしていると。


「店長、いつものヤツ。それからとっておき、そっちは店長が焼いてくれると嬉しいんだが」


「はいよ、ちょっと待ってな」


 短い会話をしてから、俺達の前には肉が乗った皿が差し出された。

 そしてカウンターの向こうでは、何やらデカい肉を扱い始めた店主。

 いったい何が起こっているのかと、いくつか向こうの席のパクチーを覗き込んでみれば。


「お疲れ~、最近頑張ってるね。コミカライズもひっきりなしに出てるじゃない」


「あ、いえ、そんな。先輩に比べたらまだまだで……」


「今日は語ろう語ろう! 久し振りに会ったんだから、普段の事も色々聞かせてよ」


 何だか楽しそうな雰囲気で、“絵具女”先生と絡んでいた。

 パクチーは借りて来た猫状態だったが。

 うわぁぁ、俺も向こうに行きてぇ……などと思っている内に“猫背作家”先生が肉を焼き始め。


「ちょ、俺が焼きますから!」


「いえいえ、これでも肉焼肉先生より若いですから。こういうのは若輩者が担当しないと」


 そうなのだ、この二人。

 実績と態度で度々忘れてしまうが、パクチーより一つ上。

 炭火にも言ったけど、年下なのだ。

 これも作家業界あるある、というかどこでもあるのかもしれないが。

 年下の方が、実績が凄い現象。

 非常に悲しくなるが、実力が全ての世界。

 こういう事だって、平気で起こったりするのだ。

 何かもう言葉が返せなくなって、大人しく座っていれば。


「肉焼肉先生が先日から上げた新しい話、アレは良いですね。とても“透き通っている”」


「透き通っている、とは?」


 肉を焼き始めた先生が、ふとそんな事を言い始めた。

 透き通っているって何だ? 作品の話だよな?

 俺はそんな澄み切った様な物語を描いたつもりは無いのだが。


「世界観が、ですよ。ひたすら説明文章が続く訳でもなく、物語の合間合間に世界事情が散りばめられている。読み取れる人間にとっては、主人公が過ごす世界の裏側……と言ったら言い過ぎですが、本人が見ていない事情まで見えてくるようだ」


「あ、えっと……お褒め頂き光栄と言いますか……えぇと」


「どうか気を楽にして頂けると助かります。俺は普段からこの口調なのでアレですが、所詮年下の若造ですから」


 そう、言われましても。

 こっちは猫背作家先生よりも全然実績とかないし、そこらに居るラノベ作家だし。

 だからこそ、どうしても恐縮してしまうというか。


「少し言い方を変えましょう。今先生が書いている作品は、きっと他の人からしたら思い描きやすい」


「え?」


 カルビを焼いていく彼は、静かな瞳で此方を見つめて来た。

 そして。


「読者に対して分かりやすい様に描く、それはとても大事な事だ。しかしクドすぎてもいけない、その塩梅が非常に難しい。では何を基準にするか、貴方の話を読んで“絵に出来るかどうか”だ」


「絵に、ですか?」


 そんな会話をしている内に、焼き上がったカルビを次々此方の取り皿に盛り付けて来る大物。

 もはや恐縮過ぎて胃に穴が開きそうだが。


「文字でお話を作る時、一番楽なのは説明してしまう事だ。しかしそれでは物語にならない。ただの参考資料、歴史の教科書と変わらない」


「は、はぁ」


「ではどうするか。語る他無い、物語の合間合間に語って語って語って。説明とも思わせない程度に読み手に認識させていく。こちらが描いた世界を、あり得ない世界を染み込ませていく他ない」


 何かもう言っている事が盛大過ぎて、ちょっと良く分からなくなって来たんですが。

 というか、緊張の影響もあってあんまり思考が回らないんですが。

 なんて事を思いつつ、焼いて頂いたカルビを口に含んでみれば。

 うっま。って、そうじゃない。

 今は違う。


「俺はあまり人に言葉で語るのが上手くないんですよ。妻からも説教臭いと言われてしまう程に」


 説教臭い語りってのは納得ですが、語るのは上手いんじゃないですかね。

 そのまま小説の台詞になりそうなくらいに、硬いのに柔らかい台詞を吐く程ですから。

 とてもじゃないが言葉に出来そうにない感想を抱きつつ、次の言葉を待ってみれば。


「要は情報の分散、ソレが自然と頭に入ってくる様な書き方をしているな、と。そしてその結果がどうなるか、広く“理解”してくれる読者が集まる。もちろんコレも俺の持論ですが、一辺に説明するより理解しやすいと思うんですよ」


「まぁ、そうっすね」


 結局何が言いたいのか。

 もしくは飲みの席だから、趣旨さえ決まっておらずとりあえず話しているだけなのか。

 そんな風に感じ始めた頃。


「そこには、肉焼肉先生の作品を“絵にする人物”も含まれていると、想像していますか?」


 その一言に思わずむせてしまった。

 ゲホゲホと咳き込む俺に対して、無言でウーロン茶を差し出して来る出来た人間性よ。

 ソイツを一気飲みしてから、再び彼に向き直ってみれば。


「小説家は“世界”を作る事が仕事だ、だからこそ見えない所まで考える必要がある。物語の中に情報を散りばめる必要がある、ソレは何故か。“想像させる”為だ。俺達が書く文章は全てが答えではない、時に間違えさえ文字として描く。敢えて文字にしない事で行間に隠された思考を疑わせる、見る側さえも試行錯誤してしまう程の文章力が必要だと思っています」


「つまり、今の俺にはソレが出来ていないと」


「いいえ、こんなモノ主観に過ぎない。そして先生の新作は間違いなくソレが出来ている、と思っています」


 やや興奮気味に語る彼は、一冊の本を取り出した。

 間違いなく、彼の新作。

 一般文芸という物であり、俺が書いている様な作品とは外れるソレ。

 しかしながら。


「表紙に街並みが描かれているでしょう? むしろそれしか描かれていない。この脇道を曲がったら、どんな世界があると思いますか?」


「えぇと……どうですかね。左側は日が当たってるから、もっと栄えた露店とかお店とかありそうとしか……逆側は、影になってるんでちょっと治安悪くなってたり、とか?」


 見たままの感想を答えてみれば、彼は満面の笑みを溢した。

 そして、そのタイミングで。


「ほいよ、ドラゴンステーキお待ち」


 店主さんが、切り分けた柔らかそうなお肉を差し出して来た。

 焼き加減も絶妙と言う他ない見た目に、ゆらゆらと揺れる湯気からは食欲を誘う香りが漂って来る。

 ソレを受け取り、目の前に持って来てみれば……おぉ、凄い。

 見た目、臭いの他盛り付けも綺麗だ。

 まさに高いお肉って感じで、思わずゴクリと唾を呑み込んでしまう程。

 名前がドラゴンステーキだが、やっぱりこれもデカい肉だからそう言う名前が付いたんだろうか?


「ちなみに、980円」


「意外と手が出せる値段!?」


 価格設定にも驚いたが、箸で掴んでみれば非常に柔らかい肉の感触。

 そして口に入れてみると……これ、そこらのステーキチェーン店で肉喰うの馬鹿らしいんじゃ? なんて思ってしまう程、口の中に旨味が広がった。

 いやホント、こんな店を知っていたら「肉喰いてぇ」っていう時には絶対足を運んでしまいそうだ。

 店の規模のわりに、出て来る物は絶品揃い。

 こういうのを、隠れた名店というのだろう。


「つまりそう言う事ですね」


「えぇと?」


 不思議な事を言い始めた先生に対し、キョトンした瞳を向けてみれば。

 彼は不敵に笑いながら。


「今まで経験した事のない領域に踏み込む際に、人は情報を求める。そして予想外の情報が提示されれば、読者は驚く。ソレを提供するのが我々であり、描くのがイラストレーターや漫画家。つまり、違う立場の人間には“その先”を想像させ、それ以上の文章を綴らなければいけない。例えばさっき見せた表紙、“見えない部分には何があるのか”。それさえも描ける程の情報を、俺達は書き込まなければいけない」


「原作が小説なら、ソレが原点になるから。俺達が書かないと、薄っぺらい作品になってしまう……って事ですかね?」


 肉と一緒に、ゴクリと生唾を飲み込んでみれば。

 大物作家はフフッと不敵に笑いながら酒を飲んだ。

 そして。


「全てを見通して話を描くのは絶対に無理ですよ、でも下地は大事だ。だからこそ、せめて俺達の仕事を手伝ってくれる人達の事も考えながら、良い作品をお互いに残そうと言う訳です。先程の表紙だって、その先は分からない。でもその先を想像出来る物語を作れば、きっと脇道の先だっていろんな光景が広がっている。ソレを書けるのは、俺達だと言う事です。そして何より……今回の肉焼肉先生の話には“その先”が見えた。だから、一緒に話したいと思ったんですよ。ウチの後輩の面倒を見てもらっている先生ですから。年下でも、恰好を付けて礼くらいはしないと」


 そういって笑う彼は、此方に笑みを返してから静かに頭を下げた。

 しかしながら……その、物凄く言いづらいが。


「ちなみに……俺とパクチー、まだ付き合ってません」


 その瞬間、彼はピタリと停止してしまった。

 しばしば冷たい沈黙が続いてから、彼は顔を上げて。

 笑顔のまま、こちらにもコトッとグラスを置いて酒を注いだ。


「少々言いたい事が出来た……そこに座れ、年下云々はこの際関係ない。貴様、未だにウジウジしているのか? あぁ? ウチの後輩を同じ部屋に寝泊まりさせておいて、未だその状況ってどういうことだ?」


 違う方面で、猫背作家先生のお説教が始まってしまった。

 うん、俺の一言が余計だったね。

 それは分かってる。

 でもさ。

 焼肉屋のカウンターで、正座は良くないと思うんだ。


「いらっしゃいませー! 何名様でしょうかー!?」


 ほら、他のお客さんも入って来ちゃったし。

 だから、ね?


「そもそも何だ! 作家で食っていく事を目指してこの業界に飛び込んだんだろう!? 先の事!? そんなもん誰にも分かる訳がないだろうが! 老後まで気に掛けて踏み出せないならさっさと辞めてしまえ! 普通の仕事に就け! そしてさっさと結婚しろ! 俺より長く生きてるくせに何をビビってるんだアンタは!」


 後輩の事となると激情家になる彼は、本日も俺にお説教をかますのであった。

 確かに彼の言うとおりである。

 当たれば金が入り、外れれば一銭にもならない。

 そういう世界なのだ。

 だからこそ、パクチーと交際って関係だって遠のけて来た訳だが。

 コレはそろそろ、決めなければいけないのだろう。

 他者からの言葉を受けてってのは、非常にダサいが。

 それでも。


「恋人にすらなれないのなら別れろ、肉焼肉先生。今の貴様は“俺はいつか大物になるから!”と言っている売れないバンドマンと一緒だ。競争相手が多く、いつかいつかと呟く者程努力が足りない。だったら今から死ぬほど努力しろ、次は勝つという意気込みがそもそも足りない。そんな生半可な気持ちで生き残れる業界だと思っているのか? 待っていればチャンスが来ると? 馬鹿か貴様! 自分の書いた文章を見直せ! 一文字一句、それは間違いが無かったのかを確認しろ! それすら出来ない内に“立派になったら答える”みたいな考えは今すぐ捨てろ! 無駄だ! いつまで経っても到達出来ないからこそ、それを人は夢と呼ぶんだ。なら目の前の事には今の自分で答える他あるまい!」


 覚悟は決まった。

 筈だったのだが……ものすげぇ怒られた。

 アンタはパクチーのお父さんかって程に、物凄く怒られた。

 でも確かに、言っている通りな訳で。

 もう少し安定したら、余裕が出来たら。

 言い訳ばかりしながら、俺はパクチーを“都合の良い女”として扱ってきたのかもしれない。

 そのつもりは無くとも、傍から見ればまさにソレ。

 いつか、成功したら。

 そんな言葉ばかりを課した上で、達成ラインを設定していなかった。

 だったらまぁ、いつまでも同じ状態が続く訳だ。

 現状お互いに一人で生活できる程には稼いでいる、だったら良いじゃないか。

 高望みばかりしなくても、今の生活が続けられるなら。

 その甘えた考えを捨て、決断して顔を上げた瞬間。


「分かりました! これが出来る様になるまで、私焼肉とは付き合いません!」


 声を上げようとした途端、向こう側の席から声が聞こえた。

 告白する前に、フラれてしまったんだが?


「あぁ~えぇと、そうではなくてね? いやまぁ理解って事では、そう言う事なのかもしれないけど」


「おいコラ絵具女、また余計な事を言ったのか」


「うっさい猫背作家、アンタは黙ってなさいよ」


 なんて会話を聞きながら、とりあえず俺の視線は床しか捉えられなくなった。

 そうか、俺じゃ駄目か。

 そりゃそうだ、いつまでたっても重要な事を後回しにして来た作家なんだから。

 こんな奴が今更って、そう思うよな。


「肉焼肉先生! とりあえず肉を喰おう! 向こうの話が終わるまで、決断を下すのは早い! とりあえず俺達は……肉、喰おうぜ!」


 猫背作家先生が、今までに見たことも無い曖昧な笑みを浮かべながら。

 俺に対して特大お肉を勧めて来るのであった。

 さっきまで怒られてたのに、今はものすげぇ気を使われてる……。

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