第20話 先輩後輩
「お二人は何か予定ないんですか? 飲み会とか。忘年会も新年会もなんも無いですね」
もはやウチの住人なんじゃないかって程に、よくこの部屋に来る様になった炭火が急にそんな事を言いだした。
何でも配信まで時間があるらしく、暇潰しがてらこっちの様子を見るついでに飯を作りに来てくれたんだとか。
いやはや、有難い限りだ。
とか感想を洩らしたら、俺等だけだといつの間にか倒れて隣が事故物件になりそうだからと言われてしまった。
「とくに予定はしてないかなぁ~去年も私達、ずっと仕事してたし」
ここの所、パクチーも炭火に随分馴染んだ御様子で。
普段俺と喋っている時の様な緩い口調になる事が多い。
するとどうなるか、ココに居るのは厄介オタクなのだ。
心を開いてくれたのが嬉しいのか、暇さえあればパクチーを構い倒すのだ。
現に今も、仕事が一段落したらしい彼女に味見と称して何かしら与えている。
餌付けかな? とか思ってしまうが、ある意味間違っていないのだろう。
緩い顔をしたパクチーが完全に小動物の様になって、炭火から「あ~ん」されていた。
「あぁ~でも、年越しそばくらいは食うつもりだぞ? カップ蕎麦だけど」
「風情も何もあったもんじゃないわね……」
俺に対しては前から変わらずと言うか、口も悪くなったりするが。
まぁ、いつも通りだ。
「つっても、別に飲み会する程仲の良い相手とか居ないし。仕事仲間とも殆ど繋がりとか無いしなぁ……」
とかなんとか言っていると、ポポンッ! と普段聞かない通知音がスマホから聞えてくる。
なんだなんだと確認してみれば、珍しい事に個人からのメール通知。
内容を確認してみれば。
「……マジか」
「どうしたの? 焼肉」
不思議そうな顔をしたパクチーが、椅子を転がしながら此方へ寄って来た。
そして、スマホを見せてみれば。
「……マジか」
「いや二人揃って同じ反応してますけど、何かあったんですか?」
俺等二人がプルプルし始めた頃、呆れた様子を浮かべる炭火が覗き込んで来て。
はて? と首を傾げた。
「えぇと、予定出来て良かった……ですね? この人もラノベの作家さんですか?」
どうやら炭火は相手の事を知らなかったらしく、不思議な顔をされてしまったが。
俺等にとっては、物凄い方というか……。
「“猫背作家”先生って言ったら……アニメ化、ドラマ化作品も出してる人です……」
「はぁ!? それって凄い事じゃないの!? アンタそんな凄い人と繋がりあったの!?」
「俺が、というか……パクチーが」
そう呟いた後、俺達の視線はパクチーへと集まった。
そして、当の本人はと言えば。
「絶対説教だ……最近の私の作品を見て、お小言言うつもりなんだ……」
ガクガクしながら、とにかくバイブレーションしていた。
この人は……というか“この人達”と言った方が良いのだろうが。
猫背作家と名乗っているこの人と、その奥さん。
その二人と、パクチーには深い関わりがあるのだ。
「焼肉先生、ねぇどう言う事?」
状況を理解出来ない炭火だけは、混乱しながら此方に耳打ちしてくるが。
こちらとしても、相手が相手だけにため息を溢す事しか出来なかった。
そしてこの飲みのお誘いを断る訳にもいかない。
なんたってこの人の奥さん、“絵具女”と名乗るイラストレーター。
彼女には、俺の作品の作画担当を務めてもらった事があるのだから。
というか、その当時の作品は彼女の絵のお陰で売り上げが伸びたと言って良い。
それくらいに、恩のある人達なのだ。
「この人の奥さんが俺の話の絵を描いてくれた事があるんだ。んで、その時に旦那さんとも話した事がある。これだけなら普通だったんだけど……この二人、パクチーの高校時代の先輩なんだよ。しかも、当時から現役」
「高校生で作家デビューしたって事!? しかも今も続いてんの!? すごっ!?」
人はこういう人物を天才、または化け物と呼ぶ。
俺だって高校時代から書いてはいるが、全く花開かなかった様な存在だ。
パクチーだって、初めて本を出したのは高校を卒業してから。
だというのに、たまに居るのだ。
“天才”と呼ぶにふさわしい才能と、若い頃から努力を惜しまなかった人たちが。
それが今回食事の場に誘って来た人達。
猫背作家と絵具女という凄い名前で活動しているが、二人が作る作品は本当に凄い。
尊敬しているというのは、こういう感情の為に使う言葉なのかと思ってしまう程だ。
とまぁそんな訳で非常に光栄ではあるのだが、肩身の狭い席に誘われてしまったと言う事。
そんでもって、もう一つ言うと。
猫背作家先生……後輩の事となると、言葉がキツイのだ。
罵詈雑言と言う訳ではなく、何と言うか……硬い言葉でずっとお説教受けている気分になる感じ。
更に言うならパクチーの関係者と言う事もあって、俺にもズバズバ言って来る。
こ、コレは大イベントが発生してしまったぞ……。
「作家同士でこういう事って、結構あるの?」
「ほぼない、俺の経験測だけど。本当に仲良くなって、SNSとかで絡んで無いと、まず発生しない。直接会う事だってほとんど無いよ……パクチーみたいな、身内繋がりみたいなのが無いと」
どうにも未だ状況を掴めていない炭火は、変わらずそんな声を上げている訳だが。
俺達としては、気が気ではない。
だって、ねぇ?
パクチーと直接の繋がりがあるとはいえ、相手は大物作家なのだ。
そして凄腕のイラストレーターを妻にしている、完全勝ち組の人生を突き進んでいる方々。
一般文芸で本を出せば、妻が表紙を書き。
おかしな作家名だからと蹴縁される事はあっても、内容が面白くて売れる。
ライトノベルが出れば、あのアニメの原作者かと認知される程であり、イラストレーターの奥さんもまた然り。
俺の本の絵を描いて貰った時には、「なんでこの程度の作家の仕事受けたんだろう」なんて言われてしまった程、凄い人達なのだ。
「んじゃ今回は何で?」
「後輩を誘うついでに、俺にもお説教……かなぁ?」
「うわぁ……怖いじゃん」
「怖いよ、パクチーを見ろ。ずっと震えているぞ」
指さした先には、ガクガクと震えながら今描いている作品のアピールポイントをピックアップしていくパクチーの姿が。
「今後の展開とか、ここで盛り返すとかも説明できないと……ヤバイヤバイヤバイ、絶対また怒られる」
小鹿の様にプルプルしているパクチーが、関係書類をまとめて印刷し始めているではないか。
あぁ……これはガチのヤツだ。
どうにかお説教を回避する為に、今後はこうするつもりです! とアピールする気全開だ。
でもそうしたくなるのも分かるくらい、ズバッと鋭い一言を貰う事がある。
相手の持論であり、押し付けと思われる発言をする時だって、怖いより先に心に刺さる言葉を放つ人なのだ。
だからこそ。
「俺もプレゼンの準備しておかないと……」
「作家仲間なんだよね!? 上司とか取引先じゃないんだよね!?」
「むしろソレだけ実績を残してるのに、俺より年下なんだよ……」
「いや怖ぁ!? 業界の怖い先輩後輩図がココにある!」
ひたすら困惑する炭火を無視しながら、パクチーと共に資料を作っていく。
お互いに読み合ったり、プレゼンの練習なども交えながら。
もはや営業マンか何かかと言ってしまう程、二人で発表する内容を練っていれば。
「あぁ~えぇと、何か忙しそうですし、そろそろ配信時間なんで帰りますよー? ご飯、冷蔵庫に入れてありますから。一段落したら食べて下さいねー?」
「「助かります!」」
「う、うん……頑張ってください……」
物凄く引き気味な炭火を見送ってから、俺達は更にプレゼン資料を作り続けるのであった。
これは、とんでもなく忙しい事になりそうな予感がする。
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