第19話 切り替え
眼が覚めると、目の前で炭火が寝ていた。
別に間違いが起きたとか、昨日はお楽しみでしたねって訳ではない。
皆揃って炬燵に突き刺さって寝落ちしたらしい。
ちなみに炭火に関しては殆ど炬燵から飛び出しているが。
「炭火、お前炬燵で寝るにしても寝相悪すぎだろ……風邪引くぞマジで」
とりあえず起き上がって炭火を炬燵に押しこんでみたが、肩を触った感じあんまり冷えてない。
もしかして寝る前に暖房を強くしたんだろうか?
なんて事をボヤァッと考えている間にも腰に違和感が。
すぐ隣で寝ていたパクチーが、寝ぼけながら絡みついて来ていた。
植物かな? パクチーだし。
まぁいいかとばかりに手を解き、炭火にくっ付けておいた。
起きた頃には物凄く絡み付いているかもしれないが、まぁ炭火にとっては御褒美だろう。
などと雑な思考の元起き上がり、キッチンへと向かうと。
「うわっ、寒っ!?」
居間から一歩踏み出してみれば、肌を刺す様な寒さ。
当然だが、本格的な冬。
温度的にも、懐的にも寒くなる季節と言う訳だ。
個人事業主だと、この時期にガッポリ税金で持っていかれるからねぇ……。
白いため息を溢しながら、とりあえず珈琲を準備。
別に拘りとかないし、普通にインスタント珈琲だけど。
この習慣だけは、若い頃から変わってない。
珈琲片手に仕事部屋へと向かってみれば、当然だが誰も居ない部屋にパソコンが二台。
やけにゴテゴテとした装備というか、モニターが何枚もついていたりするソレが寒い室内に鎮座していた。
これが、俺達の仕事環境。
二人共各々違う仕事をして、背中合わせでずっと自分と戦う仕事。
助け合っている様で、普通の職場と比べればほとんど助けあってさえいない不思議な仕事部屋。
むしろ関係性によっては競争相手になりそうなソレなのに、俺達はいつだって背中合わせで仕事をしてきた。
いつからだっただろうか、これが普通になったのは。
ふと振り返れば、パクチーが居る。
その環境が安心に繋がり始めたのは、いつだっただろうか?
「ハハッ、我ながらいい加減しっかりしろって話だよな」
呟きながら、自分の席に座って大きく息を吐いた。
そして、スマホを弄って親父にメールの返事を書いてから。
「うしっ、仕事すっか」
パソコンを起動させ、体中をポキポキと鳴らした。
今なら、話の続きも新作も書ける気がする。
ここ数日で、思いっ切り遊んだ。
映画を見るだけで一日使ったり、ゲームしながら飲み会して存分に楽しんだ。
なら、休んだ分働かないと。
俺の仕事ってのは、そういうものだから。
誰かが決めた給料を支払われ、毎月同じような金額が降り込まれて来る仕事ではないから。
だからこそ、サボればサボった分だけ実績が無くなっていく。
俺みたいな有名でも何でもない作家は、描き続けなければいけないんだ。
その作品がウケようとも、ハズレだろうが。
俺達“作る側”には判断出来ないから、読者に判断してもらう為に。
クリエイターは、作り続けなければいけないんだ。
だからこそ、親父に送ったメールの内容は。
『心配掛けてばっかで悪い。だけど俺は、コイツに俺の話を漫画にして欲しいって人を見つけたんだ、だからまだ辞める事は考えられない。相手もそう言ってくれている以上、この夢を叶えるまでは、俺は小説家を辞めるつもりはないよ』
まさに、夢ばかり追っていると言われてもおかしくない内容だっただろう。
だがソレがどうした。
俺達は、読者に夢を見せる存在だ。
だったらまず、俺達が夢を見ないと話が作れないだろうが。
どれ程都合が良くても、普通ならあり得ない大逆転があろうとも。
日常生活を普通に送っていたら絶対にありえない“ソレ”を描くのが、クリエイターってもんだろうが。
学生の時、誰にも言えない様な恥ずかしい冒険譚とか想像しなかっただろうか?
俺はした、そんでもって格好良く活躍するシーンまで想像した。
社会人になってからだって、やけに都合の良い妄想をした事はないだろうか?
それらは全て叶わない欲望であり、ありえない出来事。
一般的には夢物語と言われたり、恥ずかしい妄言とされて笑われそうなソレだが。
こっちのお仕事はソレを物語として形にし、追体験させる。
都合の良い想像、人によっては寒いと言われてしまいそうなソレでも語ってやるのだ。
それを求めている人が居るのではないかと思える限り、思いっきり恥ずかしい妄想を形にしてやるのだ。
だって考えてもみろ、無双系最強系と言った主人公だけが強い話、現実だったらあり得ないだろ。
人間の肉体には限界があり、不思議な力だって使えない。
だから本来は、一人だけ特出して、桁外れに強いなんて事はあり得ない。
でも実際に、そういう物語は流行として数字を伸ばした。
ソレは何故か、求めていた人間が居たって事だ。
だが捉え方や見方を変えれば、そんな手法昔から使われて来た“テンプレ”なのだ。
主人公なんだから、強くなきゃ。
煽り文句の様な言葉として、ワードとして浮上して来たから目につくかもしれないが、昔から行われていた事なのだ。
だったら、恥じるな。
存分に恰好良い上に強い主人公を描いて、その他の描写でも読者の心を引きつけてやろうではないか。
「あぁ~なんか、ひっさびさ。ずっと止まらずにキーボードの音が鳴ってるの」
一人ボヤキながら、珈琲を飲む暇さえ惜しんでキーボードを叩いた。
ガタガタガタガタと、やけに煩い音が鳴り響き続ける。
静かな室内には、どうしたってノイズの様に聞えてしまうだろう。
これではパクチーに迷惑かもしれない、今度あまり音の立たない物に替えようか。
でもキーボードって、俺みたいな存在にとっては消耗品だしなぁ……。
そんな事を考えながら、ひたすらに文章綴り続けた。
今なら、書ける。
描ける気がする。
周りに支えられて、励まされて。
思いっ切り飲んで騒いで遊んだ翌日。
コレで書けないなら、本当に辞めてしまえと自分でも言いたくなるだろう。
それくらいに楽しんで、思いっきり笑って。
気分的にかなりスッキリしているのだ。
だったら、今の内に書かないと。
都合の良い物語は、御都合がどうとか言われても気にしないテンションの時に書かないと描けないのだ。
ソレが物語であり、小説ってもんだと思うから。
それすら認めないと罵倒を投げ掛けて来るのなら、歴史の本でも読んでろと今の俺だったら笑って軽口を返す事だろう。
そう思ってしまう程、今俺の指は軽快に動いていた。
「おはよぉ焼肉~久々に絶好調だねぇ」
「おう、パクチー。おはよう。悪いけど今日は自分で珈琲淹れてくれ」
「ん、そうするー」
途中で起きて来た彼女に視線を向ける事も無く、ひたすら画面を見続けた。
今の状態のまま、書こう。
ひたすら描き続けよう。
多分限界は来る、しかしその前に出来る限り書き溜めてしまえ。
修正なんぞ、後でいくらでも出来る。
「おはよぉ~ございます……焼肉さん、キーボードめっちゃ煩いですね……」
「おはよ、炭火。悪いな、調子の良い時はこんなもんだ。起こしちまったか?」
「いえ……大丈夫です。今度タイピングゲームのゲストで来て下さい……」
「断る」
未だ寝ぼけているのか、おかしな事をモニョモニョ言い出す炭火に返事を返しながらも、ひたすらキーボードを叩いた。
二人が完全に目覚めて動き回り始め、随分と経った頃には。
「書けた、かな」
「え、うそ!? 焼肉何時に起きたの!?」
「へ? 何かパクチー先生が異常な反応してるって事は……一冊分書いたとか!? いや凄っ!?」
んな訳あるか。
書き途中の作品を仕上げただけ、それでも五万文字くらいは書いたかもしれないが。
要は一冊の本の半分だ。
数時間は掛かったが、上出来と言っても良いだろう。
そんでもって、今書いている話の続きも更新できたし。
久し振りに、上出来上出来。
ベキベキと再び身体を鳴らしながら時計を見てみれば、既に夕方に近い時間に差し掛かっていた。
わはは、夢中になったが故に一日キーボードの相手をしてしまった。
コレを誇るべきなのか、それとも病気だと自覚するべきなのか。
その答えは分からないが。
「お疲れ様、焼肉。ご飯食べよ」
「今日は私が作ってあげたから、ちゃんと食べなさいよ? と言うか二人共食事が酷すぎ。毎度あの冷蔵庫何よ!? お酒とエナジードリンク、ツマミと栄養剤くらいしか入ってないじゃない! どういう生活してるの!?」
緩い笑みを浮かべるパクチーと、プリプリと怒る炭火がエプロン姿で待っていた。
改めて意識してみれば、仕事部屋にも何やら料理の良い匂いが広がっている。
それにさえ気づかぬ程、集中していたって事なのか。
「は、ハハッ。わり、二人共、マジで腹減ってるわ。ゴチになります」
疲れた笑みを浮かべながらも、ノソノソと力なく席を立ちあがった。
これが、俺の書き方。
思い付いた時、思い立った時に全てを描き込み、後にチェックして精査する。
でもこれ程集中して書けた作品なんだ、自信はある。
そんな事を思いながら、二人に従ってリビングへと移るのであった。
こういう仕事の仕方を続けてるから、身体壊すんだろうなぁ……。
なんて思ったりもしない事も無いが、まぁやっぱり書ける時に書いておかないと。
明日になったら考え直したり、やっぱりつまらないかも? とか不安になる事なんぞ日常茶飯事。
だったら、勢いで書いてしまえ。
多くの人が受け入れられない事態になったとしても、一人でも読んで楽しいって思ってくれりゃ、それは完全に失敗という訳ではないのだから。
人気が出なくて駄目だった時でも、ソレを糧にすれば良い。
「あぁぁ~もう、肩こったぁ……」
「そりゃ一日中書いてればそうなるって、止めなかった私達もアレだけど」
「あ、今日も配信あるから。ご飯食べて体力戻ったら見に来てね?」
と言う訳で本日も、ウチの部屋にはいつも通りの空気が戻って来たのであった。
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