第18話 リフレッシュ 2


「今日は一日ゲームをしたいと思います。これは情報収集の一環です」


「焼肉ー? 前回の映画といい、完全に行き詰ってない? 何かあった?」


 そんな事を言いながら、呆れ顔のパクチーが此方を振り返った。

 思わずウッと苦い声を洩らしながら視線を逸らしてみれば、彼女は溜息を溢しながらスマホ起動し。


「う~ん? 特に辛辣なコメントとかも来てないみたいだし……作品じゃ無くて焼肉個人の問題? どーしたのー? なんか仕事で失敗したとか、知り合いから良くない連絡でも来た?」


 もはや完全にお見通しの御様子のパクチーに、此方も一つ溜息を溢してから。


「ちょっと、色々ありまして」


 スッと俺のスマホを差し出し、最近届いたメール画面を開いて見せた。

 そこに並んでいた名前は、親父。


「焼肉のお家は結構厳しいもんねぇ……もしかして、また否定された?」


「まぁ、うん。そんな感じ」


 この歳になって何を、と思われるかもしれないが。

 こういう仕事をしていると、どうしても家族に心配を掛ける。

 程度だったら良かったのだが……ウチの場合は、この職種そのものを認めてくれないのだ。

 それなりの年齢になった上、もう自立している身の上なのだ。

 正直放っておいてくれとは思ったりもするのだが。


「えーと、何々? いつまでも遊びの様な仕事をしてるな、と。そんでもって、お前がそんなんじゃ家族も世間に顔向けできない、と。うひぃ、こりゃ辛辣」


「ついでに言えば、いい加減安定した仕事に就いて、結婚して、報告に来いとさ。今時安定した仕事ってなんだよ、正社員でもヒーヒー言ってる世の中だってのに」


「焼肉~」


「……わり、イライラしちゃった」


 そんな訳で、暫く無言のままパクチーが親父からのメールを読んでいく。

 俺は、ほぼ喧嘩別れの様な形で実家を飛び出した。

 その原因は、親父が勝手に出版の話を蹴った事。

 夢物語みたいな世界に憧れていないで、現実を見ろ。

 お前程度の才能なんて、五万と居る。

 その中を“勝ち続けないといけない”世界なんだぞ? お前にそれが出来るのか?

 今まで評価された事の無かったお前に、評価され続ける事が可能だと思っているのか?

 そういう有難いお言葉を頂いて、俺はブチ切れた。

 評価されたその瞬間に、その仕事を勝手に蹴ったのはお前だろうがと怒鳴りつけた。

 この時はまだ、俺は未成年だったのだ。

 だからこそ、出版する為には親の同意が必要だった。

 他の家なら喜んでくれただろう事態を、ウチの親父は勝手に断りやがった。

 未だに思い出す度に腸が煮えくり返りそうになる思い出だが、パクチーは。


「確かにお父さんからこういう事言われちゃうと、クルよねぇ。確かに不安定な仕事だし、いつまで続くか分からない。だから、心配なんだよきっと」


 それだけ言って、スマホを此方に返して来た。

 いつも通りの、柔らかい笑みを浮かべながら。


「心配、ねぇ……」


「ホラ、拗ねないの。焼肉は家の事になると思春期に戻るよねぇ」


 ケラケラと笑いながら、彼女は外出の準備を始めたではないか。


「パクチー? 何してんの?」


「え? だってゲーム買いに行くんでしょ? ウチにはゲームソフト自体少ないし、DL販売で買うと、セールじゃない限り高いでしょ?」


「まぁ、そうだけど……」


 そんな訳で、此方も外出準備を進める訳だが。

 いいのだろうか? 俺は今日一人で、邪魔にならぬ様別の部屋でゲームをするつもりだったのだが。

 パクチーと同じ部屋でそんな事をすれば、間違いなく作業の妨害になってしまう。

 だというのに、彼女は俺に付き合うつもりでいる様だ。


「なんか、ごめん。ホント、いつも」


「良いってば、私も好きでやってる事だし。それに忙しい仕事は終わったからねぇ~」


「ハハッ、流石」


 なんて会話をしながら、俺達は二人揃って外へと向かう。

 そろそろ雪でも降りそうな程寒くなって来ているというのに、何をやっているのだか。

 まるで年末年始に暇している学生の様だ。

 自分でもそう思ってしまうが、なかなか生き方なんぞ変えられないモノで。


「やっぱ中古屋? 新作買って本格的にやるぜーって感じじゃないんでしょ?」


「だなぁ、しかもウチにあるゲームハード古いし。未だにP〇4だぜ、高いのは買えんよ」


「まぁ普段からゲームする人種でも無いしねぇ、だからってネトゲに手を出したら無限に時間溶けるし」


「それな。アレだけはダメだ、やり始めたら絶対仕事にならなくなる」


 普段通りの会話をしつつ、車に乗り込んだ。

 彼女はいつだって俺に逃げ道をくれる。

 一緒に遊んだり、酒を飲んだり。

 どうでも良い事に、いつだって付き合ってくれる。

 しかしながら、“この世界”からの逃げ道を無くしているのも確かだ。

 投げ出しそうになったとき、もはや生きるのさえも辛くなった時。

 彼女の存在が絶対に“諦める”事を許してはくれない。

 パクチーが居るから、頑張んないと。

 そんな風に思った事は、一度や二度ではないのだ。


「何やりたいとかあるかー?」


「協力ゲーが良いなぁ、二人で出来るヤツ。あ、そうだ。ホラあの有名なゾンビゲーム、二人プレイ可能の作品もあるって話じゃん? あれやってみたい、アクションならそこまで時間も取られないし」


「あぁ~アレか。慣れるまで結構難易度高めだって聞いたけど」


「望む所だぜぇい。私、焼肉よりゲーム上手いもんね」


「言ったな?」


「ヘッヘッヘ」


 本当にいつも通りの会話をしながら、俺達はゲームソフトの中古販売店へと向かった。

 年末年始の過ごし方としては、確かに悪くないのかもしれない。

 普通はこうなんだよな。

 仕事納めして、年末から正月に掛けて休んで。

 その間は家でゴロゴロしたりとか、遊んだりとか。

 長い事忘れていた様な気がしたが、こういう過ごし方だって正解な筈だ。


「帰りにおでんでも買って帰るか」


「お、良いねぇ。寒いし丁度良いかも」


 たまにはこんなまったりした時間も良い。

 仕事の事を忘れて、体を休める。

 それだって、人間には重要な要素だった筈なのだから。


 ※※※


「待って待って待って! 焼肉助けて! こっち囲まれてるって!」


「こっちも多いって! 無理無理無理! ゾンビだらけ!」


 二人揃ってガチャガチャとコントローラーを弄り回したが、結局の所画面にはゲームオーバーの文字が。

 こ、これ……結構難しいな。


「うっはぁ……キッツイわコレ。弾足りないって!」


「ホントそれね……あぁでも、前にコミカライズしたガンアクションのヤツ。アレにも出てた銃もあったから、ちょっとテンション上がった!」


 両者脱力しながらもコントローラーを置き、炬燵に足を突っ込んでから。


「寒い寒い。白熱してると忘れるけど、足がマジで冷える」


「暖房もうちょっと上げる? いやでも、おでん食べてれば暑くなるかぁ」


 と言う事で、炬燵の上に準備されていたカセットコンロの火を入れグツグツするまで煮込んで行く。

 パックされた、煮立たせるだけで食べられるヤツ。

 最近は便利で良いね。

 土鍋とコンロさえ持っていれば、こうしておでんがすぐ食べられるのだから。

 とはいえ、借家の一室が暫くおでん臭くなるのはどうしようもないが。


「焼肉は何食べるー? 何か練り物多いね、やっぱ保存が利くから?」


「かもなー。俺大根とはんぺん食べたい、白滝もほしいな」


「あいあいーちょっと待ってねぇ」


 緩い会話をしている内に、パクチーが二人分の容器におでんをよそってくれた。

 何か良いよね、ホッとする。

 そんな事を思いながら、血みどろの映像が映っている画面を他所におでんをパクつくのであった。


「あっつ! でも旨いな、臭いが凄いけど」


「こういう所は、コンビニのおでんの方が臭いの被害は少ないかもねぇ。値段は割高になっちゃうけど」


 ハフハフと熱い息を吐きながら、二人揃っておでんを口にする。

 年末年始らしいイベントはコレと言ってやらなかったが、冬としてはコレも間違ってはいないのだろう。

 仕事の都合的に、手の込んだ料理ばかり作っている暇もないので。


「パクチー次何食べる? 卵食べて良い?」


「どぞー、私今度白滝食べたいかな。というか練り物減らさないと、最後そればっかりになりそう。食べよ食べよ」


 今度は俺が盛り付けながら、一緒に鍋の中身を覗き込んで行く。

 一人だったら、まずこんな事はしなかっただろう。

 腹を満たしたいならコンビニ弁当かカップ麺とか、多分そんなものばかりを食べていた気がする。

 しかしながら、今は一人じゃない。

 だからこそ、毎日の食事にだって少しくらいは気を使う。

 大したモノは作れないし、そういう時間もあまりないのだが。

 でもこれだって、俺にとっては大きな変化なのだ。

 などと、二人でおでんパーティーを繰り広げていれば。


『なんかおでんの匂いがする』


 ポンッと軽い音を立てながら、スマホにそんなメッセージが届いた。

 送り主は、炭火。


『来るか? パックのヤツだけど、まだまだあるぞ』


『行く!』


 そんな訳で、おでんパーティーには新たに一人加える事となった。

 何度でも言うが、騒がしくなったものだ。

 以前はこの部屋で、俺がキーボードを叩く音だけが響いていたと言うのに。


「炭火来ましたぁ! お酒とオツマミも持ってきましたよぉ!」


「え、勝手に入って来た」


「あれ? まえに合鍵渡すって話して無かったっけ?」


「覚えてねぇ」


「酔ってたんだねぇ」


 まぁ俺達としては助かる面の方が多いし、別に良いか。

 警戒心というモノは無いのかと自分で言いたくなるが、今更だろう。

と言う事で再びおでんを突いていれば、部屋に突入して来た炭火がモニターを見てビタッと停止した。


「画面血みどろ真っ赤っかでおでん食べてる!?」


「おう、死んだからな」


「これ難しいんだよねぇ」


 入って来て早々、ゾンビゲーのゲームオーバーに突っ込みを入れて来る炭火。

 コイツ元アイドルだよな? 元芸人じゃないよな?

 最近ちょっと怪しくなって来たが、とりあえずテンションが高いのは確か。

 でもまぁ炭火の言う通り、食事中に表示させて置く画面ではないのかもしれない。

 そんな訳でタイトル画面に戻ってみれば、今度はゾンビがウロウロしているが。

 もういいや、気にしない事にしよう。


「まぁ良いや、とりあえず家にあった物持ってきました。裂きイカとジャーキー、あとお酒各種」


「うわ、なんか凄ぇ廃れたアイドル臭がする」


「おいコラ焼肉先生、口には気を付けなさいよ。そしてこっちが……一日寝かせたチャーシュー様でございます。じっくりコトコト、作りました」


「「炭火様!」」


 と言う事で、結局その日は宴会に早変わりしてしまった。

 色んなものを食べながら酒を飲み、代わる代わるゲームのコントローラーを握る。

 まるで若い頃に戻った様な気分になってしまったが、俺達は社会人。

 この時間だって、有意義に使えば金になる筈なのだ。

 とはいえ。


「パクチー先生! 今助けに行きますからね!」


「ヤバイヤバイヤバイ! これ絶対無理だって! 炭火さん援護、援護ぉぉぉ!」


 成人女性二人が、必死に叫びながらゲームをしている。

 その光景に思わず笑ってしまった。

 たまには、こういう息抜きも必要なのだろう。

 ソレばかりではもちろん困るが、これだって人間らしく生きるには必要な要素だ。


「パクチーがヤバいぞ炭火、頑張れ頑張れ」


「ちょっと焼肉! アンタ前のステージで武器取り逃したでしょ!? 火力が足りないのよ! しかもなんでこんなに弾少ない訳!? 無駄撃ちしすぎでしょ!」


「炭火さぁぁん! もう駄目、私死ぬ。死んでしまう……あぁぁぁ」


 なんやかんや盛り上がり、皆揃ってワイワイと騒いでいる内に夜が更けていった。

 ほんと、大人のやる事じゃねぇよとは思うが。


「うあぁぁぁ! コレ配信でやりたい! 二人共協力してよ!」


「流石に不味いだろ」


「だね、私達配信者じゃないし」


 全員の仕事事情が特殊な為、変な方向へと盛り上がってしまったのであった。

 夢ばかり見ている様な仕事、長く続かない仕事。

 親父に言われた事はもっともなのかもしれない、しかしながら。

 今、俺は生きていて楽しいと感じている。

 感情ばかりを優先していては将来困る、それも分かるが。

 しかしながら、世に溢れるお仕事事情を聴いていると。

 どうしてもこれが、悪い物だとは思えなかったのだ。

 甘い考え、それは分かっているのだが。


「次俺な、パクチーの方のキャラでやって良い?」


「いいよぉ、頑張れ焼肉」


「ちょっとぉ!? 焼肉がバディなら絶対助けに行かないからね!? 覚悟しなさい!?」


 この関係だって、こういう仕事に就いていなければあり得なかった関係なのだ。

 だからこそ、悪い物ではないと親父にも言ってやりたい。

 認めてはくれないかもしれないけど、何とか自分で食いつないでいるのだから。

 俺は楽しんで仕事をしているぞと、胸を張って言ってやりたい。

 それがいつになるのかは分からないが、それでも。

 後悔したくないから、クリエイターは今を無茶してでもこの仕事で生きているのだ。


「おい炭火! お前がやられてんじゃねぇか!」


「焼肉先生ー! 助けてー! 死ぬー!」


「そこ! そこの角を曲がれば炭火さん居る筈!」


 色々と小難しい事を考えながらも、皆でワーワー騒いで楽しい時間を過ごした。

 これって、結構凄い事なんじゃないだろうか。

 まるで子供の感性を残したまま大人になったみたいな、いつまでも“楽しい”を伝えられる存在。

 偉大な人間にならなくとも、俺等程度でもそれが出来る。

 だからこそ、とてもじゃないが辞める気にはなれないってもんだ。

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