第17話 リフレッシュ


「パクチー先生や、行き詰ってるかい?」


「見ての通りだよ焼肉先生……もう無理、何を描いたら良いのかわかんないレベルで行き詰っておりますとも」


 同棲中の彼女が、液タブの上で溶けていた。

 それはもう見事に、ダラァ~っと。

 まぁ、こういう事もあるよね。

 アウトプットに必要なのはインプットとはよく言った物だ。

 自らの中にあるネタを出し切ったと感じてしまうと、人は物語を描けなくなるものだ。

 実際にはまだまだ在庫はあるにしても、その引き出しが開けられない状況に陥ってしまう。

 まぁ、要は気分の問題って訳だけど。


「焼肉こそどうなんだよー。小説の更新、日に日に間が開いてるぞー」


「よくご存じで」


 そんな事を言いながら、彼女の近くに珈琲を置いた。

 こういう時こそ、一旦作業を中断して休むべし。

 そう、思っていたのだが。


「流石にさ、俺もネタ切れと言うか、マンネリと言うか。そろそろインプット必要かなって、だから他の人の作品を見ようと思う。いや逃げてる訳じゃないよ? 新しい情報の衝撃が欲しい訳ですよ」


「非常に分かります先生。でも我々みたいな存在は、どうしても穿った見方で作品を見てしまう習性がありまして。PCでアニメとか映画とか見ても、色々考えてしまうというか、仕事を思い出して流し見してしまう存在ではないでしょうか」


「ちなみにその“穿った見方”って、使い方間違ってるからな? 本来は物事の本質を見抜くって言い方ね」


「ちーがーうーの! 今はお説教受けたい訳じゃないのー!」


 思った通り彼女の方にも限界が来ているらしく、言葉に反して肉体は弱々しく反抗してみせた。

 むしろ手足をうにょうにょ動かしているだけで、暴れてすらいない。

 駄目だ、もう駄目だ。

 俺もそうだが、彼女のライフポイントは0以下になってしまった。

 と言う訳で。


「そこで、一度仕事を忘れたいと思います」


「え、絶対無理な奴じゃん。今の状態じゃ特に」


 もはや遠い目をする彼女に対し、目の前に今公開している劇場スケジュールを持って来た。

 その瞬間パクチーは起き上がり、ソレを受け取ってから穴が開く程見つめ始める。


「実は今、俺等が見ていた映画の続きが結構やっております。気づかなかった」


「いくつかは知ってたけど、流石に行く時間無いなぁって諦めてた……」


 と、言う訳で。

 一切仕事が出来ず、尚且つ他の作品に触れ。

 もっというなら大迫力の音と映像に包まれ、余計な事を考えられなくなる環境に行こうと思います。

 その名も、映画。

 劇場で見る映画は、一味も二味も違うのだ。

 何たって、映像以外に気が散る要素が無いのだから。

 迷惑なお客さんとか居なければ。


「と言う訳で、行きませんかパクチーさん。この前のお礼も兼ねて、全部奢りますよ」


「行く! 何本見る!?」


「疲れ果てるまで、何本でも見ようじゃないの」


 そう言い放ってみれば、先程のゾンビの様なパクチーは居なくなり。

 今ではウキウキした様子で外出着に着替え始めていた。

 しかし、途中で思い立ったかのようにして此方へと振り返ってから。


「炭火さんも誘う? 前回放送いけなかったし、そのお詫びに。そっちの代金は私が払うよ」


「あぁ~そうだな。でも睡眠時間を削っちまいそうで悪いなぁ……まずは俺が連絡して様子を見るか」


「だね、よろしく。そこで眠いって言われたら、二人でいこっか」


 何かもうこっちも生活の一部になって来て居る炭火に連絡してみれば、相手からは五分程経ったのち返事が来た。


『パクチー先生は居ますか』


 お前は本当にブレねぇな。

 思い切り溜息を溢しながら、スマホを弄る。


『居ても居なくても、眠いなら無理すんな。こっちも急に思い立っただけだから』


 当たり障りのない感じに返事をしてみたが、相手も此方の事情を把握しているのか。

 それとも察しが良いという言葉を二乗した様な性格をしているのか。


『絶対パクチー先生居るじゃん。行く、準備するから待ってて』


 病気だコイツ。

 そうとしか言えない返事が返って来て、パクチーにも見せてみると。


「炭火さんはいつもお洒落だから大変そうだねぇ~……私は化粧っ気もないモブだから楽だけど」


 ハッハッハと笑いながら、既に準備完了したらしいパクチーがゆっくりと珈琲を飲んでいる。

 完全にモコモコした冬装備。

 まぁ、寒いしね。

 そんな訳で二人揃って外出着のまま珈琲を啜り、部屋で待機していれば。

 予想より随分と早く、玄関からチャイムの音が聞こえて来た。

 適当な返事をしつつ鍵を開けてみるとソコには。


「お、お待たせしました……炭火、登場です」


「う、うん。お疲れ。なんかごめんね? 映画館までは、車出すからさ」


 随分と慌てて準備したらしい炭火が、息を切らしながら立っていた。

 しかも恰好は、これからデートにでも行くのか? と言う程お洒落している御様子。

 凄いね、元アイドルは。

 ちょっと映画見に行くだけでも、コレだけ気合い入れちゃうんだから。

 そりゃ人目を引く訳ですよ。


「一回休むか? 冬なのに何か暑そうだし」


「い、いやでも……私程度の休憩時間の為に、先生達の時間を奪う訳には……」


「炭火さんいらっしゃーい、急にごめんね? パンフあるから、一緒に見たい映画選ぼー」


「はいっ! 喜んで!」


 コイツはもう駄目だ、限界オタクが過ぎる。

 俺の気遣いは遠慮した癖に、パクチーの声が聞こえた瞬間室内にすっ飛んで行きやがった。

 まぁ、何でも良いが。

 思わずため息を溢し、一人残され玄関の扉を閉めた後。


「え? 何本か見るんですか? 連続で?」


「何度も行くのは時間勿体ないし、その方が良くない? 私コレとコレが見たい、あとコッチも気になるんだけど……ねぇ焼肉はどれみたいのー?」


「シリーズもののカーアクション映画、それだけは絶対見る」


 それだけ言ってから、炭火の分の珈琲を淹れにキッチンへと向かうのであった。

 いつの間にやら、我が家に俺とパクチーの分、そしてもう一セット。

 食器が増えてしまっていたのであった。

 仕事上、来客用の食器類なんて揃えて無かった筈なのにね。


 ※※※


「す、凄かった! 流石映像技術に拘った! って言ってただけあったね!」


「どこからCGなのか、もしくは実写なのか分からんかったなぁ……いやすっげぇ……」


「コレ三本目ですけど、元気だね二人共……」


 と言う事で、映画館で一日を過ごすというデートだったら即別れそうなプランを実行している俺達。

 炭火は少々疲れているのか、眼をシパシパさせておられるが。


「ちと休憩挟むか、炭火がキツそうだ」


「あいあいさー。炭火さん、ご飯行く? それとも買い物とか行きたい? 寝るのは家で出来るからね、今日は遊ぼう」


「焼肉! ねぇ焼肉さん!? アンタ等のデートっていつもこんなにハードなの!?」


 何がハードなモノか、たった映画三本くらいで。

 しかも同じような内容なって飽きてしまわぬ様、激しい系、ストーリー重視の癒し系、とにかく派手な物とチョイスしたというのに。

 フハハハハと不敵に笑いながら、パクチーに付いて行く彼女の後ろを歩いて行けば。


「あぁぁ~なんつぅか、まぁ面白かった、かな?」


「だな、とは言っても……シリーズ重ねるごとに良く分かんないって感じにはなって来てるけど」


 隣を歩くお客さんから、そんな会話が聞こえて来た。

 まぁ、こういう感想も俺達からしたら参考になる訳で。

 思わず、聞き耳を立ててしまった。


「いちいちやる事が盛大になり過ぎっつぅか……え? そこまでいくの? ってならねぇ? いやアクションは普通に良いし、面白いけど。テンション上がったのはソコだけかなぁ」


「それそれ、相手の規模がデカすぎるんだよな。でもこれまでのストーリー考えると、どんどん話をデカくしてかないと続かないっつぅか……まぁ見れなくはない、みたいな?」


 言いたい事は分かる。

 何かを成し遂げた主人公達の次なる課題。

 それが前回よりショボかったらどうなるだろうか?

 非常に簡単、前の方が良かったと言われてしまうのだ。

 映画のクライマックスに到達する前に「お前等ならもっと前に阻止出来ただろうが」って感想が出て来てしまう可能性すらある。

 その感想を回避する為には、主人公達を問題に関わらせない事で何とかなるかもしれないが……しかしそれでは続編の意味が無くなって来る。

 物語とはその世界の有り方を描いたモノではなく、登場人物達の活躍劇だと言われる事が多い。

 するとどうしても、前回よりショボい敵ではインパクが薄くなるのだ。

 だからこそ、規模をどんどん大きくする。

 こればかりは、どの業界でも一緒だろう。

 今までに無かった敵、これまでに無かった規模、対処した事の無い相手。

 そう言ったスパイスは、いつまで経っても必要になってくる。

 むしろそれが用意出来ないと、客は“飽きる”。

 あまりにも行き過ぎた設定に思えても、前回でそれ以上の偉業を成し遂げてしまっているのなら。

 次作で“それ以下”は、不合格の印を押されてしまうのだ。

 そしてこういう作品に関してはネットで定額、もしくは無料になった時に低評価を貰う事が多い。

 そりゃ流し見しながら鑑賞すれば、映像の凄さなど見落としてしまうだろう。

 だからこそ、無料という感覚は怖い。

 というのも、これまで読者の反応を見ていて感じた俺なりの持論な訳だが。


「ちなみに、焼肉の評価は?」


「満点。俺は派手なカーアクションと、恰好良い車が見たかった。それだけで満足」


 パクチーの問いに答えてみれば、炭火が呆れた瞳をこちらに向けて来た。


「うっはぁ……ストーリーとかは度外視? 変わってますねぇ~それも作家なりの意見って事?」


「度外視って訳じゃないが、俺が一番見たい所はソコだったんだよ。だから満点。ちょっとおかしいとか、変な所が見つかったからって減点する必要はないって事。俺は、俺の見たいモノを見せてもらったんだから」


 作家なんてやっていると、他の人の作品に対して甘くなるというか、辛口評価なんか出来ねぇよって気持ちになるのも確かなのだが。

 でもこれが俺の評価基準。

 何かの作品を見た際、一つでも気に入って“これが好きだ”って思える点があるのなら。

 それは良い作品だ。

 そしてソレに対して夢中になったり、次作、次話でも出て欲しいと思ってしまえば夢中になっている証拠。

 作品全体がどうとかって評価には繋がらないかもしれない。

 でも俺は、この作品のコレが好きだって事で評価する。

 この方が、色んなものが楽しめるという物だ。


「よく言うだろ? 誰かも知らない相手の感想を見た時、“楽しい、面白い”って言葉は信用して良い。でも逆に、“つまらない、面白くない”って感想は疑えって」


「いや、初めて聞いたけど」


「マジで? でも実際そうした方が良いぞ? 批判ばっか受けてる様な作品でも、実際見てみると滅茶苦茶面白かったり」


「例えば?」


「批判ばっかって訳じゃ無いが、そういう意見を貰って評価が下がってる映画はかなり多いな。例えばB級ホラーとか言われる様な作品、怖くは無くても普通に面白かったり――」


「焼肉は結構B級何たら~って好きだよね。この話は長くなるぞ~」


 そんな雑談を挟みつつ、俺達はフードコートで休憩する事になった。

 映画を見ながらずっと何かを摘まんでいたので、そこまで腹が減っている訳では無かったが。


「映画も良いけど、リフレッシュ目的ならスポーツとか良いんじゃないの? 近くに色々遊べる所あったわよね? ボーリングとか、テニスとか、室内で出来る所」


 ドリンクを飲みながら、そんな事を言いだした炭火。

 パクチーは明らかに苦い顔をしているが……確かに、ここの所運動不足だったし。

 そういうのも良いかも知れない。

 と言う訳で。


「炭火……俺達の本気を見せてやろう」


「お? お? 焼肉先生はもしかして体動かすの得意? 私これでも歌って踊る元アイドルですから、割といけるよ~何か勝負する?」


 何やら挑戦的な事を言って来る相手に対し、クックックと笑いながら映画三本で凝り固まった身体をバキバキ鳴らしてから。


「普段引き籠って仕事している奴等が、どれ程体力が無いか……教えてやる」


「いやダメじゃん! 全身筋肉痛とかになるからやめなよ!? パクチー先生とか死んじゃいそうだよソレ!」


 と言う訳で、本日はもう一本映画を見てから帰る事になった。

 全く持って失礼な話だが、炭火曰く俺達はウォーキングから始めろとの事。

 ウォーキング……ウォーキングねぇ。

 今日の夜にでも散歩行くか。

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