第16話 分かっていても不安になる事
「う、うぉぉぉ……身体いてぇ……」
「ソファーで長時間寝ちゃったからね、致し方な……いたぁぁ……」
翌日、二人してバキバキと体を動かしながら起き上がってみた訳だが。
どうやら昨日パクチーに寝かしつけられ、そのまま朝まで寝てしまったらしい。
どこで寝落ちしても大丈夫な様に、そこら中にブランケットを置いておいて良かった。
単純に片づけていないだけというのもあるが、助かった。
そして暖房を付けっぱなしにしてあったお陰で、風邪を引いた様子も無い。
万事OK、と言えれば良かったのだが。
「やっべ、炭火から滅茶苦茶連絡来てる。生放送になんで来ないんだって、あと寝ただろって言われてる」
「あ、あはは……これはやっちゃいましたねぇ。今から宣伝だけでもしておこっか」
二人揃って隣の部屋に頭に下げてから、とりあえず朝飯。
とはいえ、大したモノがある訳でも無く。
「シリアルとパン、どっちが良い?」
「まだ眠いでしょ、コーンフレークで良いんじゃない?」
なんて言葉を頂き、二人分の皿を用意してシリアルをバラバラと盛り付け牛乳をドバァ。
揃って手を合わせ、黙々とスプーンでサクサクするソレを口に運んでいた訳だが。
「昨日の話で思い出したんだけどさ、私の家も……あ、もちろん焼肉の家程厳しくなかったんだけど。子供の頃とか、朝ご飯がコーンフレークって許してくれなかった家なんだよね」
急に、パクチーがそんな事を言い始めた。
未だ眠そうな顔のまま、ふにゃっと笑いながら。
彼女の場合、俺と二人きりならコレと言って意識することなく何でも話す。
俺もそうだが、辛かった記憶だったとしても平気で口に出来るのだ。
「今思えば、ちゃんとした朝飯を作ってくれるってのも、相当大事にされてた証拠なんだろうけどな」
「だねぇ。目玉焼きとご飯、インスタントのお味噌汁とか、そのくらいだったけど。でも、ちゃんと作って貰ってた。だからこそ、こういう朝食に憧れたりもしたけどねぇ」
「ウチではシリアルなんぞ食おうとすると、“猫の餌か!”って引っ叩かれたな」
「確かに、言い得て妙かも。にゃんこのカリカリと似てるよね、コレ」
そう……だろうか?
改めてシリアルを正面に持って来て、ジッと眺めてみたが……いや、猫用のカリカリはこうじゃないだろ。
「真面目か、こういうのはイメージだって。多分焼肉の親御さんも雰囲気で言ってたんだって」
「つっても、シリアルって朝食わないといつ食うんだ?」
「……確かに。オヤツに食べたらお腹膨れちゃうしね」
二人揃ってのんびりと会話しながら、モリモリとシリアルを食べ進めていく。
実家に居た時はもっとまともな朝食だったし、今だからこそかなり適当に済ませているが。
当時は彼女の言う様に、こういうのにも憧れた気がする。
朝は適当にシリアルとか食べて、昼はコンビニでパンとか買って。
夜はカップ麺で済ませる独り暮らしとか。
実家に居る時はそう言うモノを夢見た事もあったが、実際やってみるとそんな食生活では死ぬ。
というか家事とかもあるし、時間作る為に結構苦労しているのだ。
今だからこそパクチーと一緒になったからまだ良いが、独り暮らしの時は……それはもう酷い状態だった。
仕事に集中し過ぎると、本気で翌日着る物が無いとかあったし。
コンテスト間近とかは食事を忘れ過ぎた上、宅配ピザを頼んだのが……空腹が限界突破して、ピザを受け取ろうとした瞬間に倒れて病院に運ばれた記憶がある。
ピザでは無く点滴を身体にぶち込む事となり、届けてくれた宅配員とピザ屋に代金を支払った上に頭を下げた。
つまり、俺は絶望的に体調管理が下手くそだって事なのだろう。
それだけ集中していると言えない事もないかもしれないが、ぶっ倒れるまでは良くない。
パクチーと一緒に住む様になって多少はマシになったが、相手も若干俺と似た所がある為、炭火が入ってやっと一般レベルになったというか。
そうか、定期的に打ち合わせと言って顔を見に来る前の担当さんは、コレも気にしていたのか。
会うたびに「痩せたんじゃないですか?」と言って来る上に、打ち合わせ中もガンガン料理を頼む人だったが、多分俺に気を遣ってくれていたのだろう。
俺はあんまり変わらないのに、相手はぷっくりしてしまったが。
「なぁパクチー、やっぱり俺の書く話って重いか?」
web小説という意味と、昨今のライトノベルとしてはそう言う設定はあまり受け入れられないイメージがある。
ファンタジーのジャンルでは特に。
とにかく軽く、楽しい気持ちを味わいたい。
そういう意味で読んでいる人は多いのだろう。
だがしかし、俺はそう言うのを書くのが苦手だった。
ふとした瞬間選ばれたとか、特に理由なく強くなるとか。
物語として苦手という訳では無く、想像出来ないのだ。
むしろそういう作品を読むと、すげぇなぁって関心してしまう程。
いざ書いてみようとしても、“こんなに都合良くていいのか?”と疑心暗鬼になってしまう事が多いのだ。
作者が迷いながら書く話では読者は喜ばないし、何より面白くない。
だからこそ、主人公に“重すぎる課題や過去”を課す事が多い。
自らではとても乗り越えられない試練、物語の主人公だからクリア出来る難問。
俺は多分、物語そのものに“同感”ってモノを求めていない。
読者から“親近感が湧く”というコメントが欲しくて物語を書こうとしていないのだ。
あるのはただ、主人公は主人公であるべき。
ジャンルにもよるが……主人公は格好良いと“憧れる”立場に上り詰めなければいけない。
そこにたどり着いた時、読者からそう言われる主人公が描きたい。
だからこそ、他の人とズレていても良い。
主人公の感情が分からないと罵られても良い。
若い設定なら間違った所業を繰り返したって構わない。
でも最後に、恰好良い主人公が立っていれば。
それは読んでいる人間の心を動かすのだと信じて書いて来た。
主人公が何故その様な行動を取ったのか、そういう思考回路になったのか。
常人とズレている個所を描く為に、やや“重い過去”を描く事も多かったが。
とはいえあまりにも過酷すぎると読んでくれる人が居なくなるので、多少は加減しながら書いているつもりだが……ハッキリ言って、塩梅が難しい。
「焼肉の話は、正直……過去だったり現在だったり、重いなって感じる事が多いよ。でもその経験が人を作ってるんだなって考えさせられる事の方が多い。多分焼肉は、名前通りメインディッシュなんだよ」
「と、言いますと?」
「とにかく美味しくて、味が濃くて。調べれば何処までも追及出来るような物語、凄く良いと思うんだ。でも色んな人が読む世界に居る以上、メインディッシュじゃ無くて、サラダを食べたい人も居る。この違いって、結構重要じゃないかな」
まぁ、そう言うのは確かにあるだろう。
作家にとっては、では“前菜”の作品を書こうとはならない訳で。
いつだって本気で、メインディッシュの作品を書こうと本気になっている訳だが。
「“ライトノベル”が“前菜”だって認識の相手からは違うって感想になるだろうし、重い設定は前菜の癖にって思われちゃうかもしれないね。でも焼肉が“俺の話がメインディッシュだ”って主張するなら、そういうのは気にしなくて良いんじゃないか。細かい所の設定を指摘してくる人を除けば、大抵好みの問題じゃない?」
そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまうが。
しかし送られて来るコメントに対して、未だに神経質になりすぎるきらいはある。
自分でも分かっているのにショックを受けたり、反発的な感情を抱いたり。
そう言う事は、正直良くある。
「今食べてるご飯でも一緒だよ。お手軽だから、すぐ済むから。だから私達はコレを食べてる。その気持ちで朝食にレビューを付けるなら、満点だよ。でも実はもの凄くお腹が空いていて、お肉が食べたい。そういう人なら、星の数は減るだろうね。つまり、そういう事なんじゃないかな。何を求めているか、今欲しい物語は何か。人は気分次第で我儘に評価するから、焼肉は気にし過ぎる必要はない。書きたい物を書けば良いんだよ、私はソレを絵にしたいって思ってるんだから」
なんて、随分と気取った台詞を吐きながらパクチーはシリアルを口に運ぶのであった。
「昨日も思ったけどさ……パクチーがこういう悟った様な台詞を吐く時は、大体メインディッシュが滞っている時だ」
「うわぁぁぁ! 言わないで!? メインで描いてた漫画が、アレコレお小言が飛び始めてね!? 私の描いているオリジナルとか、むしろメインディッシュが無いじゃん!? サラダからデザートとか、そんな短編みたいなのばっか繰り返してるじゃん!? だからどうしようって!」
「炭火の生放送に付き合ってる暇とか、元々ないじゃん……」
「せっかく出来たリアフレだよ!? しかもVの配信者だよ!? 大事にしたいじゃん!」
「へいへい……」
やる気の無い返事を返しつつも、こうして言葉にしてくれると救われるというもの。
読者が感想を残してくれるのは、何百分の一。
下手したら何千分の一って程の内の一人。
その一つの不満に合わせていたら、間違いなく物語は崩壊する。
分かり切っているし、理解もしていた。
だとしても、やはりそういうコメントが続くと不安になってしまうモノで。
俺みたいな弱小作家は、ちょっとしたことで筆が止まってしまうのだ。
自らの感性がおかしいのかと、物語全体を見直してしまったりする訳だが。
今回ばかりは、その必要は無さそうだ。
何たって、一番身近で間違い無く俺の話を読んでくれている相手が、GOサインを出してくれるのだから。
そして何より、読者からの肯定的な意見だって受け取っているのだから。
「あぁぁ……身体いてぇ。ちょっと散歩にでも行くか、炭火も誘って」
「そうだね! 昨日生放送に行けなかった事も謝っておかないと……」
何だかんだ、知り合いが増えても。
俺達はいつも通りの生活を続けていくのであった。
若干炭火の生活リズムが違うというエラーはあるが、不思議な事にパクチーが連絡を取るとすぐに部屋から出て来る。
あいつの生活リズムを把握してやらないと、いつか体壊しそうだな。
そんな事を思いながら、朝食を終えて外出着に着替え始めるのであった。
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