第15話 根を詰めすぎると短気になる


「パクチー先生ー! 休憩の時間ですよー!」


「あ、えっと……焼肉も仕事してるから、その……控えめに」


「すみません先生、今後気を付けます……焼肉さーん? お酒買って来ましたけど、ちょっと休憩しませんかー? どうも炭火でーす」


 お隣に彼女が引っ越して来てからというもの、少々騒がしい毎日が繰り返されている。

 とはいえ、これも友人関係といえば“人間らしい”日常と言えるのだろうが。


「炭火、声がデカい……あぁぁ……疲れた、眼が痛い」


「焼肉、大丈夫?」


「ずっと仕事続け過ぎなんですよ二人は、程良く休憩を挟まないとスペックを発揮出来ないんですよ? クリエイター二人だと、休憩を促す人間が居ないってハッキリわかりますねぇ」


 何やら知った口を利く炭火、もとい元アイドル。

 だというのに、度々ウチにやって来る厄介オタク。

 最近ではパクチーも慣れて来たらしく、割と仲良くやっている様だが。


「あぁぁ……駄目だ、何もやる気が起きない。目と肩と腰と頭が痛い」


「だぁから程良く休憩して身体を解せって言ってるのよ。ホイお酒、先生達二人に必要なのは休息。人間ずっと仕事してても良い成果は残せないわよ?」


「あ、炭火さんありがと。おつまみまで買って来てくれたんだ、お金払うね?」


「パクチー先生からお金を貰うとかあり得ないです。むしろ私が払います、払わせてください。リアルスパチャです」


 改めて、えらく騒がしくなったものだ。

 それしか感想が残らないが、事実休憩を促す人間が居ると助かるのは事実。

 俺とパクチーだけでは、集中し始めると一日食事を忘れるなんて事も多々。

 そんな中、炭火が訪れる事によって強制的に休みを取る必要が生れる。

 厄介な存在に思えて、食事を始めて見れば自らが空腹だった事を思い出すというか。

 生物として大丈夫なのかと思ってしまう程、俺達の生活はまだまだ偏ったモノだったらしい。


「ちょっとキッチン借りるわよ? 何か作るわ」


「炭火が料理上手いの……意外」


「距離感が縮まった事は良い事ですけどねぇ、焼肉せんせは私に対して辛辣過ぎると思うのよ」


 なんて文句を頂きながらも、彼女はウチのキッチンで俺等の為に料理を作っていく。

 コレが元アイドルの姿かぁとか思ってしまうが。

 随分と様になっている御様子で、心配はなさそう。

 そんな事を考えたのも、もはや何度目か。


「焼肉、えっとさ……良いのかな? 私達炭火さんにお世話になり過ぎじゃない?」


 パクチーの方も流石に遠慮し始めたのか、そんな事を言って来るが。

 とはいえ気持ちは分かる。

 相手はココへ来るたびに何かしら買って来てくれるし、こうして色々世話を焼いてくれるのだから。


「炭火、何かお礼がしたいんだが。要望はあるか?」


「リアル金額の話だったら投げ銭してよ。ソレだけでも結構変わるから、金額云々じゃなくて認知度的に。肉焼肉先生のアカウントで“今この配信者見てます”ってSNSに上げて貰っても良いわよ? 作家のアカウントからの発信なら、結構影響あるし」


 そんな事を言いながら、彼女はツマミを作り続けている。

 つまり、直接的な金銭の受け渡しより人気を上げる手伝いをしろって事なのだろう。

 それもまぁ確かに、一つの手段なのかもしれない。

 告知にしか使わない俺のSNSのアカウントが役に立つかどうかは、正直微妙だが。

 パクチーの方は、フォロワーが多いので結構な人数が動く事だろう。


「ごめんね、頼りっきりで……あ、そう言えば新刊の献本来たけど、要る?」


「欲しいです! 本屋でも買います! サインも下さい!」


 どこまでもパクチーのファンであるらしい彼女は、こうして俺達の日常に歩み寄って来た。

 新しい身近な関係者が増える。

 それはとても良い事だ、俺達の様な友人が少ない人間にとっては特に。

 下手したら曜日どころか今が何月か、今が西暦何年かって所までど忘れしてしまう程、自分の世界に籠っている生活を続けていたのだから。

 ちなみにこっちに集中し過ぎて、バイトの日を忘れた事も数知れず。

 今お世話になっている店長からは、仕事の前の晩に電話が来るくらいだ。

 明日仕事だけど、平気? 出勤できそう? ってな具合に。

 マジで、本当に良いバイト先に巡り合った。

 そして全力でごめんなさい、ご迷惑お掛けします。

 ちなみに店長は俺の本を買ってくれているらしい。


「ほい、焼きモツですよぉ。食べて食べて、二人は普段からもっと食べないとマジで死んじゃいますよ?」


 サポーターかな? と言う程の勢いで、彼女は俺達に食事を提供するのであった。

 本人だって裕福な暮らしが出来る状況ではないだろうに。


「大丈夫なのか? そっちは。マジで厳しくなったら言えよ?」


「お前は私の父親か! と、言いたい所だけど。今の所大丈夫だよ、安定してきた。ありがと、いざって時は相談させてもらうね」


「炭火さんの配信、今日もありますよね? 見に行きます」


「ありがとうございますパクチー先生! 今日の21時からゲーム配信します!」


 俺とパクチーでは少々扱いの違いがあるようだが、それでも“友人”として接してくれる。

 こういう関係の仲間も、結構大事だったりするのだ。

 物語を書く者、絵にして広範囲に話を届ける者、分かりやすくネットに情報を流す象徴になっている者。

 これら全て、まず知名度がないと始まらないお仕事。

 だからこそ、互いに支え合えるというか。

 宣伝し合って輪を広げる事が出来る。

 打算的で、他の面々から見ればズルい活動方法なのだろうが。

 使えるモノは全て使う、そして売る。

 それが仕事という物だろう。


「パクチーと俺が配信予定時間を拡散、開始時にもう一度SNSに投稿。炭火が配信内で俺等の作品をそれとなく宣伝。的な?」


「ういうい! 今から発信しとく!」


「最近では二人の読者も結構集まって来てるよ? 良い感じ。興味を持つ人も出て来てるし、本を買ったって声も聴く。そんでもって、私は私のスタイルで放送するけど、作者二人がスパチャするってレアな事態が発生すれば視聴者は盛り上がる。マンネリしない程度に繰り返せば、ある程度のユーザーは稼げると思う」


 少々腹黒いというか、数字ばかりを追っている様な行動だが。

 こういうのだって、人の繋がりが無いと出来ない事だ。

 とにかく目立たなくては、この業界を生き残れない。

 正しい形ばかりで挑んでも、すぐ目の前に“打ち切り”という言葉が出て来る。

 いくら面白くても、眼に付かなければ意味がない。

 もはや面白いのは当たり前で、“無料”というモノに慣れ過ぎた層はそれ以上の何かを求める。

 だからこそ、“現状盛り上がっているかどうか”は昨今の作品には必要不可欠。

 面白いけど、人が集まらない、だから売れない。

 そんな事態を防ぐ為に、ひたすらに何でも手を打つのだ。


「私は二人の話が好きで、“読んでみて~”って紹介するだけ。そのお礼として二人はスパチャを投げる。どう考えても、普通の事だね」


「引きずり過ぎなければな? まぁ一発屋の広告みたいなもんだ」


「でも売れないと、私達に来年は無いからね。ごめんね、炭火さん」


「何を言っておりますか! パクチー先生の本ならいくらでも語りますよ! あと、焼肉の小説も少しは語ってあげる」


「悪いな」


「そういうの要らない。私は好きな物語の話をリスナーに話すだけ、打算的な事ばかりを考えて紹介するわけじゃないわよ」


 と、言う事らしい。

 彼女本人が“面白い物語”だと感じてくれているなら、少しは肩の荷が下りるというモノだ。


「宣伝力ってのが、出版社としても一番の課題になって来てるって話だしな」


「いやもう漫画と小説の宣伝Vになろうかな!?」


「それは多分飽きられるから、止めた方が良いんじゃないかなぁって……」


 皆してそんな会話をしながら、彼女の作った食事を口に運ぶのであった。

 悪い言い方をすれば、彼女だっていつまで宣伝頭でいられるか分からないのだから、この手段にずっと頼る訳にもいかないが。

 なんて事を思いつつ、皆で酒を飲み始めてみれば。


「ねぇ焼肉さんに関してはさ、もう少し明るい話とか書かない訳? 最近だと普通に読めるけどさ、結構きつい描写あるよね? 昔の作品とか特に。そこまで辛い過去背負わせる必要ある? ってくらいに、ガンガン精神的に追い込んだり」


「あ、炭火さん。そこらへんはちょっと……」


 ふと声を上げた炭火に対して、パクチーがストップを掛けるが。

 まぁ、そうなのだろう。

 やはり、世間一般からすれば俺の作品は“重い”部類に入ると思う。


「全部明るい話が読みたければ、そういう作品だけ読んでいれば良い。俺には、どうしてもこういう作品しか書けないんだよ」


「え? それってどういう――」


「焼肉!」


 パクチーから鋭い声が上がり、グッと口を噤んだ。

 そうだ、いちいち噛みつく必要なんてない。

 相手を嫌な思いにさせる必要はない。

 というか、炭火だって軽口を溢した程度なんだろう。

 何をムキになってるんだか。

 どうしても俺の人生経験をベースに話を作る為、炭火の言う通り明るいばかりの話にならない事が多い。


「いや、悪い。アレだよ、キャラ立ちっていうか。こういう経験をしたから、こういうキャラクターになったんだって説明は、やっぱ必要だろ?」


「う、うん……まぁ、そうかもしれないけど」


 些か無理矢理話題を中断し、それからの夕飯はいつも通りの空気に戻るのであった。

 皆腹いっぱい食って、休む為にと酒まで飲んで。

 気を緩くした辺りで炭火は自分の部屋と戻っていった。


「焼肉、私は焼肉の話を否定しないよ。でもあぁいう言い方は、良くない」


「だな、炭火に悪い事しちまった」


 二人になった途端、隣に座ったパクチーがちょっとだけ怒った顔を此方に向けて来た。

 童顔なので、あまり迫力は無いが。


「全て正しい選択をする人間なんて居ない。間違った経験がないと、正しいかどうかも判断出来ない。だからこそ、“過去”がいる。きっとそれは、“人”としては正しい選択肢だよ」


「まるで小説みたいな台詞だな? でもユーザーは無条件に“正しい主人公”を求める事も多い、分かっちゃいるんだけどね」


「多分、自分が間違ったと知っているから。その間違いをまた目にするのが辛いから、物語の中では正しい姿を求めるんじゃないかな。焼肉が描く話は辛い描写も多いけど、その分ちゃんとキャラクターが人間に見える。だから、批判もあるけど読者も増える。しっかりと人を描いている証拠だよ」


 お説教を受けているのか、励まされているのか分からない様な事を言いだしたパクチー。

 酒の影響もあるのか、ちょっとだけムスッとした様子でガシッと抱き着いて来る。


「大丈夫、間違ってない。焼肉の話は“等身大”なだけ、だからイジケないの」


 それだけ言って、彼女は俺の頭をポンポンと軽く叩いた。

 こうして、何度救われた事だろう。

 俺が描いた話は、正解だったのか間違いだったのか。

 数字以外で、本人には判断が難しい。

 だからこそ、他者の意見が必要になる訳だが。

 それさえ正解とは限らない。

 人によって感想は変るし、時には辛辣な感想も寄せられる。

 これは非常に当たり前のことだ。

 でも、その一言で傷付く事だってあるのだ。

 作者だって人間なのだから。


「ちょっと、最近疲れたかも。あんま上手く行ってなくて、根詰めすぎた」


「じゃぁ甘えれば良いよ。このまま寝たい? それとも何かして欲しい? いくらでも付き合うよ」


 随分と優しい言葉を放ちつつ、彼女は俺の頭を膝に乗せた。

 ほんと、何で俺みたいなのと一緒に生活してくれているんだか。

 俺よりずっと後に出て来た新人、パクチー。

 だというのに意気込みとしては非常に好戦的で、案件に対して“私なら描けます”とばかりに果敢に挑む。

 本来ならソレは新人作家の自信過剰というか、企業からも蹴縁される状態であっただろう。

 しかしながら、彼女は描いてみせた。

 相手が望む以上のソレを描いて、納得させて短期間でのし上がって来た。

 そしてその目的が、俺の話をコミカライズする事とは。

 本当に、恐れ入るよ。


「なんでパクチーはココに居るんだ? 俺なんか、放っておけば消える作家だったろうに」


「それが分からない間は、離れてあげない。邪魔になるって言うなら、別の場所へ行くけど。でも私は、やっぱり焼肉の話を絵にしたい。それを目的にして、私は漫画家になったからね」


 それだけ言って、彼女は俺の耳を塞いだ。

 不思議な事に、疲れている時に聴覚を遮られるとすぐさま眠気が襲って来る。

 視覚に関しては目を瞑ればすぐに体現できるが、しかし普段から耳を塞ぐ人間は居ない。

 更には他者からの行動という影響もあってなのか、この不自由さが異様に眠気を誘う。

 単純に疲れすぎて、身体が睡眠を求めてるだけって可能性もあるが。


「今日は休もうか、ね? 普段から頑張り過ぎなんだよ」


「それが俺等みたいなのの仕事だろうが……」


「だとしても、最近は特に頑張り過ぎ。一気に脳みそ使い過ぎなんだよ、普通一日で一冊の半分書く人とか居ないんじゃない? たまに休憩して、時には情報収集って名目でアニメとか映画とか鑑賞して。少しでも休みながら仕事しないと、倒れちゃうよ。仲の良い作家さんが居ないから、普通はどれくらい書くのか分かんないけど」


「適当だな、相変わらず」


「難しく考えるのが苦手なんだよ」


 クスクスと笑うパクチーの膝の上で、ゆっくりと瞼を閉じた。

 あぁもう、なんだろうな。

 嫌な事とか仕事の事とか、どうでも良くなるくらい眠くなってくる。

 締め切りはまだまだ先だし、そこまで急ぐ必要もないのだが。

 こういう時こそ新作を書いて、自らのアカウントを盛り上げなくてはいけないのに。


「パクチー、ごめん。三十分だけ……」


「ういさ、おやすみー」


 そんな訳で、俺の意識はPCのシャットダウンより早く落ちて行った。

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