第14話 厄介オタク


「うわぁ……超久し振り。焼肉食べるのもそうだけど、お店でお酒飲むのも」


「パクチーも飲んで良いぞ。酒入れないと、多分お前喋らないだろ。支払いは俺が持つから」


「う、うす。飲ませて頂きます……」


 という訳で、やってきました焼き肉屋。

 取材相手の意向を尊重し、好きな店を選ばせた結果……何故か俺達が住んでいるアパート近くの焼き肉屋に来る事になった。

 妙な条件を付けるものだ、とは思ったが。

 まさか俺達の住んでいる場所を調べたいって訳でもないだろうし。

 そんな事をしても、彼女には何もメリットがないのだから。


「わざわざ個室にしてもらってありがとね。これでも一応、顔晒して仕事してた身の上なので」


「俺等としても、仕事の話をするなら個室の方が都合良いってだけですよ」


 なんて会話をしながら、二人の選んだ酒やらご飯やらをタブレットで注文していく。

 こう言う所も便利になったモノだと、今更実感する訳だが。

 緊張でガチガチになっているパクチーと、何やら緩い笑みを浮かべている元アイドルさん。

 とても、不思議な光景だ。


「さて、それじゃ早速聞いて行きたいんですけど、大丈夫ですか?」


「取材なんて昔っから慣れてます~とか言いたい所だけど、その前に。どういう取材? クリエイターとは聞いたけど、二人はどんなお仕事してる訳?」


 あぁ、そういえば。

 そちらの話は全く説明していなかった。

 スマホを取り出し、俺等の本が乗っている通販ページを見せてから。


「改めまして、小説家やっております、肉焼肉と申します」


「えぇと、初めまして。漫画、描いてます……パクチーです」


 そんな挨拶をしてから、二人してペコッと頭を下げてみれば。

 彼女は猫の様に目をまん丸にしながら、しばらく俺達の事を見つめ。


「へ? あ、え? それってプロって事だよね? つまり……えぇと? 所謂そういう“先生”って呼ばれる立場の人達? ていうかパクチーって、あのパクチー先生? 本物?」


「パクチーの事は知っているみたいですね。まぁ、一応。とはいえ二人共有名になる程売れているかと言われれば、そうではないので。そこら辺にいるクリエイターの一人だと思ってください」


「小説家とか漫画家ってそこら辺に居るの!?」


「そりゃ居るでしょう。こんなにも新しい本が次々と世に出て来る訳ですから」


 などと会話をしていれば、相手はやけにプルプルしながら俺の渡したスマホを更に覗き込んだ。

 そして何故か、作家ページをポチポチ弄り始め。


「サインとか、もらえたりする?」


「要ります? 大物って訳ではないですよ俺等。必要であれば、書きますけど」


 むしろ君は普段サインを書く側の立場だったろうに。

 今どんな気持ちでその台詞を言葉にしているのだろう、という妙な気持ちになってしまうが。

 そのタイミングで注文した食事とお酒が届けられ、店員さんが去るまで三人揃って大人しくしていれば。


「ごゆっくりどうぞ~」


 個室の襖が閉まった瞬間、彼女は此方に身を乗り出して来て。


「この近くに本屋はありますか!?」


 なんか、急にデカい声を上げ始めたではないか。

 どうした元アイドル、感情の振れ幅が大きいぞ。


「ありますけど」


「そこで本買ってくるから、サイン下さい!」


「あ、はい」


 コレが元アイドルの姿かぁ……少々ファンの方には見せられない程鼻息を荒くしている彼女。

 珍しい職の人に会って興奮している、という感じではない。

 もしかして、俺かパクチーの作品を読んでいるのだろうか?

 さっきパクチーに反応していたから、そっちかな?

 などと思いながら、相手の事を見つめていれば。


「パ、パクチー先生! お願いします、サイン下さい! コレ、この漫画! 私めっちゃ好きで、何回も繰り返し読みました!」


「ひ、ひぃっ!?」


 どうやら、彼女はやはりパクチーの方のファンだったらしい。

 俺のスマホに表示された彼女の作品を指さしながら、必死に吠えている。

 まぁなんだ、小説家って結構目立たないからね。

 多分こっちの方が確立高いとは思っていたが。


「で、でも私……そんなに長く続けてる漫画家じゃないし。新人って言っても良い活動歴だし……その漫画だって、打ち切りになっちゃったし……」


「何でこの漫画打ち切りにするかなぁ!? 訳わかんない! でも全巻持ってます! サイン下さい!」


「私なんかので良ければ、その……はい」


 彼女の勢いは止まらず、対人が苦手なパクチーは席の隅まで逃げている御様子。

 とはいえ、まぁ。


「良かったな、パクチー。お前のファンみたいだぞ」


「う、うん……あはは、嬉しい」


 普段の緩い雰囲気からは想像出来ない程、今のパクチーは小動物していた。

 如何せん目の前の肉食獣に、今すぐ喰いつかれそうなのは頂けないが。


「では、とりあえずご飯食べながらお話しましょうか。俺が焼くので、二人はお酒飲みながらで構いませんよ」


「えっと、“肉焼肉”先生? 私あんまり小説読まないんだけど、買ったらサインくれます?」


「本を読んで、面白いと思ってくれたら、書きますね」


 そんな訳で、焼肉しながらの取材が始まったのであった。

 如何せん元アイドルさんが、パクチーに物凄く興味を示しているので、話はあまり順調に進まなかったが。


 ※※※


 俺が聞きたかったのは、主にアイドルという人生そのもの。

 どういう経緯でその仕事に就いたのか、当時どんな気持ちでその舞台に上がったのか。

 練習は? ライブ本番は? レコーディングなどはどんな感じで進められ、どんな気持ちだったのか。

 そしてそういう世界の裏側、人間関係のアレコレや、企業側はどういう対応だったのか等々。

 つまり、小説家にとっては全ての情報が欲しい。

 彼女の人生をお話として描くなら、事実情報以上の“感情”という情報も欲しい訳だ。

 という訳で、ひたすら質疑応答が繰り返される。

 有益な情報を手に入れればメモり、片手間に肉を焼く。

 二人は酒を飲んでいる影響もあり、パクチーとの距離感も徐々に近づき、相手はペラペラと良く喋る。

 俺も飲みたくなってしまう程旨そうに飲む二人だったが、生憎と此方は運転があるのでウーロン茶。

 まぁ取材中だから、この形が正しいのかもしれないが。


「どうよ? 私の話で、お話一本書けそう?」


「まぁ、書いてみようと思う程度には取材させて頂きました。ちなみに貴女の経験を元に書いてしまっても問題ありませんか? 勿論個人を特定されない程度に変えたりはしますが」


「良いよー、どうせもう辞めちゃった身の上ですから。また聞きたい事とか出て来たら、連絡くれれば教えるから。はいコレ、私の連絡先」


 そんな事を言いながら、彼女は此方にスマホを渡して来た。

 本当に警戒心とかないのかな、この人。

 なんて事を思ってしまうが、ありがたく連絡先を頂戴した。

 執筆中に分からない事が出て来た時、現場に居た人に質問できる環境は非常にありがたい。

 という訳で、連絡先の交換を済ませれば。


「それじゃ、そろそろ良い? 本屋行こう!」


 どうやら酒を飲んでもそちらを忘れる事は無かったらしく、意気揚々と元アイドルさんが立ち上がってみれば。


「あ、あのっ! その漫画、売り出されたのは結構前だし……もしかしたら本屋には無いかも……だから、えっと! ウチに献本があるので、それ差し上げます!」


 意外とパクチーも彼女に慣れて来たのか、珍しくそんな事を言い始めた。

 献本、または見本誌と言った方が良いのか。

 執筆した人間には、出版社から数冊頂けるのだ。

 基本的には本媒体になった状態でのチェックを主とするが、配ったりして宣伝する為にって事なのだろう。

 それなりの部数を頂いてしまうので、俺等の様な友人の居ない作家は基本的に余らせてしまうのだが。


「い、良いんですか!? つまりその……初期の初期に発行された本を、サイン付きで頂けるって事ですか!?」


「うんと、私のサインとか欲しがるっていうのも凄いなぁって思いますけど。でも欲しいなら、書きますから。それだけ好きになってくれたっていうのも、嬉しいです」


 どうやら酔っぱらっているらしいパクチーは、随分と緩い笑みを浮かべながらそんな提案をしてみせた。

 人見知りにしては非常に珍しい行動というか、ここまで俺以外の人と喋るのも久し振りなんじゃないだろうか?

 打ち合わせだって“言いたい事、聞きたい事”のリストを作っておかないと忘れてしまう程にテンパっているというのに。

 そう考えると、コイツの担当になった編集さん達は非常に頑張っているのだろう。

 小動物を懐かせる感じに接していかないと、喋らなくなっちゃうパクチーなので。


「ぃ、いやったぁぁぁ! 一生大事にします!」


「あ、あはは……ありがとうございます」


 と言う事で、今回の取材とお食事会は終了した。

 主に俺が聞きまくって、相手が答え。

 話の間にパクチーに絡みまくるという、非常に騒がしい事になってしまったが。


「良かったな、パクチー」


「う、うん。やっぱり読者さんに好きだって言って貰えると、嬉しい」


 そんな訳で焼肉屋を後にした俺達はアパートへと向かい、サイン本を渡してから彼女の送迎をする事に。

 車内ではワーキャー騒ぐ元アイドルと、店内より気兼ねなく喋っているパクチー。

 非常に賑やかな環境ではあったが、まぁたまには良いだろう。

 女性同士気兼ねなく話すってのも、普段はない事だし。


「送ってくれてありがとね、久々に楽しかった」


「それは何より」


「あ、それから君の小説も絶対買うから。今度サイン頂戴ね?」


「結構ミーハーですね、貴女」


「言い回しが年齢を感じるなぁ……」


「うるさいです。あとコレ、今更ですが俺の名刺です。何かあればこちらからも連絡はしますが、其方も何かあれば頼ってくれて構いませんよ」


 普段打ち合わせの時くらいしか名刺は持ち歩かないが、アパートに寄った事により回収できた。

 という訳で、一枚相手に渡してみれば。


「小説家から名刺貰ったのなんて初めてだよ」


「まぁ、たまにしか渡しませんから。でも必要になる事はあるもので。パクチーの名刺は……また今度、と言う事で」


 そう言ってから助手席に目を向けてみれば、お酒の影響かグッスリと眠っている彼女が。

 久し振りに俺以外と、友達の様な会話が出来て楽しかったのもあるのだろう。

 今では完全に夢の世界へと旅立ってしまっていた。


「ちなみに、本気でどういう関係?」


「ですから、同棲している関係です」


「でも付き合ってる訳じゃないんでしょ? ホラ、男女が一緒に暮らしてたら……その、ね?」


「ご想像にお任せします、とだけ言うとパクチーに悪い印象が着きそうなので。彼女は、俺に“付き合ってくれている”だけですよ。対人関係に嫌気が差していた俺に、お前は人間なんだと教えてくれる唯一の存在です」


 それだけ言えば、相手は非常に大きな溜息を溢した。

 それはもう、呆れかえった様な雰囲気で。


「小説家って、皆そんな風に回りくどい言い回しをするの?」


「どうですかね、少なくとも俺はそうかもしれません」


 ハハッと笑いながら返事をすれば、彼女は更に呆れた表情を此方に向けてくる。


「んじゃ、“これからも”よろしくね? 作家と作家さん達?」


「えぇ、では失礼します」


 非常に短い挨拶を交わして、俺はパクチーと共に家路についた。

 今日は色々と特別な事が起きたが、明日からいつもの毎日が待っているのだ。

 とにかく新しいモノを作り、周囲の反応を伺う。

 更にはお金になりそうな物を選別し、企業の人間と話し合いながら“売れる話”を作り出す。

 作家なんて言葉にすれば、非常に夢のある仕事の様に聞えるが。

 実際はギリギリであり、常に新しいアイディアを求められる。

 今までに無いモノを、これからの流行を作れそうな作品を。

 0から1を作る作業というのは、意外と大変なのだ。

 ユーザーからの期待に答えなければいけない世界、出来なければ仕事が無くなっていく。

 これがまた、自覚していなくても結構ストレスになる様で。

 昔に比べれば、随分と身体も衰えたし食も細くなった。

 単純に歳のせいだと言えれば良かったのだが、それ以上に衰えている気がする。

 体を壊さない程度には、食べているつもりなのだが。


「焼肉ぅ……ちゃんとご飯食べて……」


「へいへい、食べますよ」


 寝ぼけながらも、助手席のパクチーがそんな事を言って来る。

 普段から心配を掛けてしまう程度には、俺は食が細いって訳だ。

 でも多分、彼女と一緒に暮らしていなければもっと食べられなくなっていたのだろう。

 当時は食事や睡眠の時間ですら勿体ないと感じて、仕事へ時間を費やしていたのだから。

 その頃に比べれば、随分人間らしい暮らしに戻って来たと思う。


「うぅ~ん……焼肉、ごめん。気持ち悪い……」


「コンビニ寄るか? 吐きそうならすぐ路上に止めるぞ?」


「へいきぃ……でも、水が欲しい」


「あいよ」


 微妙に目が覚めたらしいパクチーの要望を聞きながら、とりあえずコンビニに向けて車を走らせた。

 彼女との生活は非常に“人間らしい”というか、本当に普通だ。

 一人だったら、こんな事さえ感じずにただひたすたキーボードを叩いていた事だろう。

 今後もこんな生活が続けられれば……とか何とか思いつつ、また数日程経ったある日。


「久し振り!」


「……はぁ?」


 我が家に、どっかの元アイドルが訪ねて来た。

 確かに名刺には住所も書いてあるから、訪ねて来る事は可能だろう。

 でも何故だろう? 彼女の後ろを、引っ越し業者の方々が忙しく行き来しているのだが。


「隣に引っ越して来ました! 元アイドル、今ではネット配信者の“炭火アイカ”って名乗ってる! あ、ちなみに“V”ね、V」


「あぁ~えぇと、ヴァーチャルの方の配信者。なんか名前からして、ほんのり焦げ臭い香りを放っている気が……」


「そそ! と言う事で、よろしくね! ちなみに名前は炎上で仕事を追われた立場だからね、また燃え上がるぜって事で」


「燃やすな燃やすな、平和に生きてくれ……」


 パクチーに対する厄介オタクが、ストーカーして来た。

 もしかして、友達居な過ぎてこっちに越して来たんじゃないだろうな?

 そんな訳で、随分騒がしそうなお隣さんが増えたのであった。


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