第13話 未知との遭遇
「ねぇねぇ、焼肉は新作上げる時不安にならないの?」
「なるよ、めっちゃなる。俺の場合一巻分くらいの分量を書いてから投稿するから、余計に。初手でコケたら10万文字くらい無駄になるし」
「うへぇ」
そんな会話をしながら、本日もまた仕事を続けていれば。
どうやら忙しい仕事は終わった後なのか、今日の彼女は随分と席を立つ回数が多い。
珈琲を入れて来たり、おつまみの様な物を持って来たり。
冬だと言うのにアイスを手に持って部屋に戻ってきたりと様々。
「集中しろよ」
「こうさ、一旦気が抜けるとどうしても……」
まぁ、分かるけどね。
自分の分の仕事が終わり、提出してOKを貰った後だとどうしても気が抜ける。
他にも仕事がある状況ならそうも言っていられないが、俺達はフリーランス。
だからこそ、大きな仕事の後は身体が無駄に休息を求めると言うか。
心がお休みを欲しがるのだ。
俺もポツポツと仕事が入っている時では、原稿を上げた後全く書く気にならなかったりもするし。
「仕事はちゃんと終わったんだよな?」
「うん、今回の分は提出した。あとは単行本が出て、売上次第で次のお話かな? 今の所忙しいお話は入って無いし」
であれば、まぁ良いか。
たまには休息も必要だろう。
「んじゃどっか行くか。休みらしい休みも必要だろうし」
「焼肉は仕事良いの?」
「俺の方も原稿提出して、今校正待ち。悲しい事に、他の仕事は無い」
「そう言う時こそ頑張らないといけないって、自身が言ってた気がしますが……」
呆れた視線を向けて来る彼女を連れて、俺達は部屋の外へと飛び出した。
コレと言って予定はないし、何をすると決めている訳でも無いが。
「どこ行くー?」
「適当。行きたい所とかあるか?」
などと会話しながら、二人揃って車に乗り込むのであった。
※※※
「来たぜ! ビックサイト!」
「違うな、埼玉アリーナだな?」
特にイベントはやっていない様で、本日は非常に人が少ない。
中に入れないので当たり前かもしれないが、こういうイベント会場って普段はどうやって利益上げてるの?
そんな事を思いながら遠目で会場を見つめ、白い息を吐いていれば。
「満足!」
「早いなオイ」
何度でも言うが、本日はイベントが開催されていない。
だからこそ、建物を見るだけで終わりというのは致し方ないのだが。
「焼肉はココ来た事ある? 何かのイベントとかで」
「あぁ~……うん、一回だけあるかな? アイドルのライブで」
「え、何それ超意外!? 誰!? どんなアイドル!?」
パクチーは滅茶苦茶喰いついて来るが、正直あまり良い思い出ではないのだ。
ド田舎に住んでいた頃、友人がハマっていたアイドルグループ。
そのライブに一人で行くのが恥ずかしい……というか怖いから付き合ってくれと、友人が誘って来たのがきっかけ。
全く持って興味はなかったが、他の人にも断られてこのままでは一人でビクビクしながら行く事になると脅しを掛けられた末、俺が同行する事になった。
結果は何と言うか……凄かった。
会場が広く、目的のアイドルはものっ凄く遠くて、モニターで確認しないと誰が誰なのか分からない程遠い。
しかも周りは盛り上がっているのだが、俺はそのアイドルの事をまるで知らない。
なので、ライブが始まった時に周りの人たちが立ち上がったから一緒に立ってみたものの、何をしたら良いのか分からない。
皆が盛り上がる中、とりあえず立ち上がった俺は豆粒みたいなサイズのアイドルへと視線を向ける訳だが……正直、どう反応したら良いのか。
周囲は「ハイッ! ハイッ!」と声を上げていても、俺にはその声を上げるタイミングが分からない。
どうにか合わせようと「ハイッ!」と声を上げてみれば、どうやらタイミングをミスった様で、周りの人が黙っている中一人だけ声を上げていしまった事もあった。
そして何より、友人は隣の席でご満悦だったが、反対側の席の人から。
「初めてですか? 大丈夫、気にしないで次を盛り上げていきましょう」
ニコッと、とても良い笑顔で励まされた事によりとても死にたくなったのだ。
俺は一体、何故この場に居るのだろう。
そう何度も考える時間としては、十分過ぎる程にライブは長かった。
「でも完走する所まで席に居たの?」
「周りが全員席立ってるんだぞ、どこから抜ければ良いんだって話だよ。途中から緊張で気分悪くなっちゃって、ずっと座ってた。前の人が立ってるから全然見えなかったけど」
「でも友達はライブが見られたと、頑張ったね焼肉。お疲れ様、ちなみに握手会とか無かったの?」
「あぁ、あったぞ? 何でもグッズだか何か買わないと握手券が付いて来ないとかで、友人が物凄く持ってたんだが」
「が?」
「詳しくないけど、チケットを持っている程長く握手出来る……というか、長く話せるのか? 良く分からんけども、友人の推しの列に並ばされて何枚か貰った」
こればかりは、本当に対処に困ったというモノ。
友人からすれば、推しのアイドルへの布教活動だったのかもしれないが。
俺にとっては全く知らない“アイドル”という別世界の人間と、何か喋らなければいけない機会を頂いてしまったのだ。
いや、何を話せと?
そもそも俺その子知らないし、というかこう言うのってどれくらい話せるモノなの?
様々な疑問を胸に抱きながら順番を待てば、意外と早く俺の番が回って来た。
そして、目の前にはやけに可愛い女の子が。
来てくれてありがとーだとか、何か色々言われた気がする。
此方は人付き合いが得意でも無ければ、当時は結構若かったので緊張しっぱなし。
頭真っ白のまま気の利いた返事など出来る筈も無く、「はぁ」とか「はい」とかしか言葉が出なかった。
結局近付く事も出来ず握手もせぬまま、ガードの人が近付いてきたのを確認して。
「この後、○○っていう君のファンが来ます。ソイツは君に会う為にココまで来ました、君を見れば絶対夢中なるって宣言されました。だから、ソイツが来た時は、その……今まで以上にホレさせてやって下さい。アイツは、君の事が大好きだから」
それだけ言って頭を下げ、スタッフさんに触れられる前に踵を返した。
まぁ、こんなものだろう。
俺の推しって訳じゃないし、急に握手券を貰ったからと言ってアイドルに触れたいという願望はない。
だったらこの後友人が握手会に訪れた時、少しでも印象に残る結果にしておいた方が吉、というモノだ。
そう考えた俺は、友人のアピールだけして去って行ったのであった。
今思えば、随分気取った行動だったなぁとは思うが。
まぁ、別に後悔はない。
言い方を悪くしてしまうと、正直興味も……あまりない。
「ちなみにそのご友人は?」
「なんかすっごい喋ってくれたって。ライブ初参加だったんだけど、滅茶苦茶会話が盛り上がったらしくウキウキした様子で帰って来たよ」
「焼肉のお陰だね」
「どうかな、事実相手はファンサービスのプロだからな。俺がどうとかじゃなくて、相手の反応が予想以上に凄くて勝手に盛り上がっただけじゃないか?」
ポツリポツリと会話をしながら、俺達はその場から離れた。
こんな地味な記憶でも、物語を描くには良い経験になる。
そういう意味では当時の友人の感謝しかないが、今頃どうしているのか。
地元を離れてから、というかこの仕事を始めてからめっきり連絡を取らなくなってしまったが。
「ちなみにそのアイドル、可愛かった?」
「そりゃもう、ソレを売りにしている訳だからな。マジかって思う程に可愛かったよ」
何てことを呟いてみれば、パクチーからは蹴りを貰ってしまったが。
二人してぶらぶらとその辺りを歩いていると、急に袖を引っ張られた。
パクチーがまた何か見つけたのかと振り返ってみれば、そこには。
「貴方、アイドルの握手会に来て握手もせずに帰った記憶はない?」
マスクとサングラスを掛けた女が、俺の袖を引っ張っていた。
え、変質者?
思わずヒクヒクと引き攣った笑みを浮かべてしまったが。
「ねぇ、絶対そうよね!? 友達の紹介して、自分は私に一切触れずに営業マンみたいに去って行った人よね!? ちゃんと覚えているわよ!? そんな人今までに居なかったんだから!」
それだけ言って、彼女は顔を隠すそれらを取り去った。
そこに居たのは、どう見てもあの時に見たアイドル。
握手会で出会った、やけに顔の良い彼女だった。
見間違える筈がない。
それくらいに、彼女は美人なのだから。
「あぁ、あの時の。お久し振りです、相変わらず美人ですね。それでは、私はコレで」
「ちょいちょいちょい! 元アイドルに会ってその反応は無くない!?」
「キャー。もしかして、元なんとかってグループの何とかさんですか? 私握手会にも行きました、超ファンです」
相手の望むであろう言葉を紡いでみた結果、相手からはヒクヒクと口元を引きつらせたような微笑みが返って来た。
すまない、これは失敗だったか。
とりあえず言葉だけでもテンションを上げておいたのだが、どうやら表情が付いて行かなかったらしい。
「そこまで無表情に、棒読みでふざけた事言って来た人初めて見たかも。君、全然私のファンじゃ無いよね?」
「握手会の時ですらアレだったので、もっと早く気づいても良かった気がしますけど」
「えぇそりゃもう私に興味の無い人の瞳でしたけどねぇ。それで、今は? 君の言ってた友達が、君も私のファンにするって意気込んでたけど。その後私の歌とか少しは聞いてくれた?」
「あぁ~……その、多少は? うん、多分。聞いた気がします」
かなり、言い訳が下手だった事だろう。
でも仕方ないじゃ無いか。
まさかこんな街中で、当時のアイドルと出会うとは思っていなかったのだから。
というか、こんな事あり得るか?
「ん? そもそもさっき、“元”アイドルって」
「辞めました、というか辞めさせられました。恋愛疑惑云々が盛り上がっちゃって、現場に立てなくなって仕事無くなりました! 悪いか!」
アイドルと言えば、物凄く輝かしい世界。
誰もが夢中になって、物凄い額とか稼ぐ人達なのだろうと思っていたのだが。
生憎と、今の彼女は普通の女性。
美人である事は確かだとしても、多分知らない人からすればアイドルとは気が付かないだろう。
ステージに立つと光り輝く存在、というのも素晴らしいのは認めるが。
しかしながら。
「もしかして、今は他の仕事も無いとか」
「その通りだよ! ネット配信者やってチマチマ稼いでるよ! 勧誘してくるのはAVとかそういう所ばっかりですよ! 笑いたければ笑え!」
急に逆ギレしはじめる彼女だったが、何と言うか距離感凄いなこの人。
元アイドルが、街中をフラフラして知り合い? に声を掛けるって。
しかもめっちゃ喋るじゃん。
それはどうなんだと思ってしまうが、彼女達も当時から俺達と変わらない存在だったのかもしれない。
売れていれば企業から声を掛けてくれるが、売れなくなれば何処からもお声の一つも貰えなくなる。
つまり、常に売れ続けなければいけない存在。
更に言うなら彼女の場合、顔を曝け出している以上社会へ出る事も難しい立ち位置になっているみたいだ。
「大変ですね」
「いや、うん。他人事だってのは分かってるんだけど、本当に反応薄いね?」
そんな元アイドルが、何故俺に声を来たのかって話なのだが。
もしかして、アレだろうか。
個人事業主の場合、常に仕事をしなくてはいけないのもそうだが、共通の話題が少なくなっていく事が多いと聞く。
彼女の場合はアイドルだが、そういう存在だからこそ当時から友人関係はだいぶ制限されていたのだろう。
そしてその枠組みから解放されたかと思えば、声を掛けられる友人はほとんど残っていない状況。
直近まで連絡を取っていたのは仕事関係者ばかり、だからこそ気軽に連絡する訳にはいかない。
例え相手が個人だったとしても、それらは友人ではなく仕事上の協力者、もしくは取引先だったりするのだから。
つまり、ぼっち。
という予想を立ててから。
「覚えてる顔を見つけた瞬間声を掛けて来るって事は、もしかして今友達居ないんですか?」
「アンタ、アンタさぁ……ホント、人の心とかある?」
げんなりとした顔で、弱々しく呟いて来るアイドルさん。
とはいえ、俺にはどうしようも無い訳で。
パクチーとか人見知りが発動して、俺の背中に完全に隠れちゃってるし。
「懐かしい顔を見つけて声を掛けて、その後の事とかちゃんと考えてました?」
「……特には」
警戒心無いのかなこの人。
いや、マスクとサングラスしてたから一応あるのか。
とはいえ、行動が突発的過ぎる気もするが。
「あの、この後何も無いなら飯とか行きません?」
「焼肉!? 私の存在忘れないで!? 急にナンパ始めないで!?」
こればっかりは急すぎたのか、パクチーが悲鳴を上げながら俺の事グイグイと揺らして来る訳だが。
生憎と元アイドルをナンパする度胸など無い。
というか知らない人と食事の席を共にするとか、普段だったら面倒くさすぎて絶対やらないだろう。
「えぇと、焼肉? を食べるの? それでそちらは……彼女?」
「いえ、交際はしてません。同棲しているだけの関係です」
「どういう関係!?」
説明を始めると長くなってしまうので、こんな所で語るつもりは微塵も無いのだが。
とにかく、ちゃんと内容を伝えないと確かにナンパ野郎になってしまう。
それは非常に嫌だ、パクチーにそう言う男だと思われるのは更に嫌だ。
「俺等、二人共クリエイターやってまして。元アイドルに声を掛けて貰えるというレアな体験を活用しようかと。つまり、取材させてください」
「その報酬が……ご飯、と」
「そういう訳です。現金の方が良ければ領収書切りますので、一旦帰らないといけないんですけど」
「ちなみに、家って遠いの?」
「まぁ、それなりに。車で来てますから」
何やら不思議な生物でも見るかの様に、彼女は俺達の事を観察してからウンと一つ頷いた。
「良いよ、行こうか。焼肉って聞いたら、久し振りに焼肉食べたくなっちゃった」
「今では一緒に行く友達もいないと」
「ホント人の心無いね!?」
と言う事で、元アイドルへの取材というとても珍しい展開に発展したのであった。
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