第12話 特別な日
「焼肉ぅぅぅ!」
「今度は何だよ」
普段通りの昼下がり、パクチーがいつもの様に奇声を上げた。
また何かに行き詰ったのか、それとも新しい問題か。
やれやれとため息を溢しながら振り返ってみれば。
「どっか出かけよう!」
「どっか」
「どっか!」
急にそんな事を言いだしたパクチーは、ウキウキした様子で椅子を揺らしていた。
と、言われましても。
どうせ出かけるなら取材って事で、経費で落とせる所が良いな。
しかし半端なモノではソコに当てられない上に、仕事上の何かだと証明出来ないと厳しい。
なので、思わず頭を悩ませてしまう訳だが。
「行き詰ったっていうか、気分がアレ! だからお出掛けしよ! 気分転換、大事!」
「まぁ、確かに」
あまり仕事仕事では、確かに疲れてしまう。
彼女の言う通り息抜きというは大事だ。
更に言うなら、俺達の様な個人事業主ともなれば働いた分=金になるという訳でも無く。
でも働かないと金にならない、というのが大前提な訳で。
今日は休みにしよう! と決めても大抵新しい物語を考えていたりする訳だ。
つまり、ワーカーホリック。
完全に頭をオフにして、純粋に休日を楽しむ機会というのはなかなか少ないのだ。
必要だとは思うのだが、どうしても仕事優先の生活になっているのは確か。
「超、オフ! 今日は仕事無し! レシートは全部捨てる!」
「おぉ、だいぶ本気のお休みだ」
「だって今日クリスマスだよ!?」
あ、そういえば。
そんな事を思いながらカレンダーを眺めてみれば、確かに特大イベントのその日。
だったらまぁ、そういうのも良いのかもしれない。
しかし。
「ごめん、ちょっとだけ待って。クリスマス用に書いた話投降しちゃう」
「あ、私もそっちは上げてから行く。せっかく描いたからね、こういう時くらいは閲覧数を稼ぎましょ」
二人揃って、すぐさまPCに向き直るのであった。
こういうイベントの時に合わせて描く話は結構あるのに、自身の事となると抜け落ちるのが不思議だ。
などと思いながら、俺達はそれぞれ期間限定の作品をネットに投稿するのであった。
※※※
「ツリー!」
「駅前はやっぱ派手だなぁ」
結局夜になってから出かける事になり、二人揃って重装備でお出掛けする事になった。
特に予定も無かった為、とりあえず駅前にやって来たが。
そこに飾られていたのは、随分と大きなクリスマスツリー。
周りにはカップルなんかも多く、“まさに”って雰囲気を出している訳だが。
「結構人多いね……」
ツリーを見た瞬間子供の様に飛び出した癖に、今では俺の背中に隠れるパクチー。
やはり、内弁慶。
というかコミュ障。
初対面でも、俺に対してはかなりグイグイ来た様に記憶しているのだが。
他の人の前では、基本的にこうなのだ。
自由奔放で騒がしい彼女は、ウチのアパート限定って訳だ。
「別に誰も俺等の事なんて見て無いよ」
「そりゃ分かってるんだけど……お、あっちのカップル。かなり気合入れた格好してる、熱い夜を過ごすのかな」
「そう言う所ばっかり観察するな」
背中に引っ込んだ彼女の頭にチョップを叩き込み、思わずため息を溢してしまった。
常に話のネタ探しをしているような人種だから仕方ないのかもしれないが、こういう時くらいは普通に……普通に?
ちょっと待った、普通ってなんだ。
「焼肉? どうしたの?」
ひょこっと顔出して来た彼女の顔をジッと見つめ、普通のクリスマスというモノを想像してみた。
カップルで過ごし、豪華な夕食とか食べて。
そしてホテルに行っちゃったり、行かなかったり。
そういうのが、多分普通なのだろう。
でも俺はそれらの準備も予約も一切準備していない。
「普通って、難しいな」
「そりゃそうでしょ、二人共こういう仕事だから。イベント事は集客率UP! くらいにしか考えないよねぇ」
なんて言葉を返しながら、彼女は俺の腰に抱き着いて来た。
俺達は身長差が結構ある。
俺が180で、パクチーは150程度。
30cmも差があるのだ、だからこそ傍から見れば凸凹に見える事だろう。
しかしながら、コレと言って気にした事は無かった。
俺達は、基本的に背中合わせで仕事ばかりしていたのだから。
しかもお互いハンドルネームで呼び合うくらいだ、“それらしい”イベントをこなした事等、数える程しかない。
「なぁ、パクチー。お前はさ、俺と一緒に居て幸せか?」
ふと、そんな言葉が零れてしまった。
この子は確かにコミュ障だし、俺と同じ様に引き籠っていてもこれといって文句を言った試しがない。
俺の生活に溶け込む様に一緒になった。
だからこそ、これまで違和感の様なモノ感じた事は無い。
しかしソレは“俺にとって都合の良い環境”であり、彼女の欲望を聞いた事が無かった気がする。
だからこそ、今。
何となく聞いてみたいと感じてしまった訳だが。
「自分が大好きな作品を描く人が居て、次々と新しい話が出て来る。私はソレに夢中になって、どんどんのめり込んでこの世界に踏み込んだ。その元凶とも言える“先生”と一緒に居られるのに、幸せじゃないなんて事ある? だって未発表の作品さえ読ませてもらえる立ち位置に居るんだよ?」
彼女は、非常に自慢げな表情で此方を見上げて来た。
なるほど確かに、ファンにとってはこの上ない環境なのかもしれない。
しかしながら。
この子の欲望は、俺の生み出す作品に向いている。
薄々感じてはいたが、そう言う事なのだろう。
ふぅとため息を溢してから、改めて彼女を向き直ってみれば。
「それ以外も聞きたいの? 別に良いけど……知らないよ?」
それだけ言ってから、彼女は一度呼吸を整え。
そして。
「凄く面白い作品を書くのに、普段は無理だぁとか言いながら藻掻いてる姿も好き。思ったより閲覧数が伸びなくて泣き言を言う姿も好き。私の想像と違って、普通の人なんだなって、特別な選ばれた人じゃない。私と同じ様に試行錯誤しながら、苦しみながらも楽しい話を描く姿が好き」
「パクチー?」
急に語り出した彼女に対して、少々戸惑った瞳を向けてみれば。
彼女は更に笑みを深め。
「寝起きの顔が好き、ボーっとしながらちょっと不機嫌で、でも私の事を見るとふにゃって笑う顔が好き。私が分かんない分かんないって騒いでも、ちゃんと付き合ってくれて助言をくれるのが好き。背中合わせに、私と同じように悩みながら物語を描いている貴方が好き。私と同じなんだって思えるし、今までよりずっと近く感じる。でもやっぱり、描き切ったって誇らしく報告してくる時の貴方が、一番好き。とっても格好良いし、ワクワクする。それに、やり遂げたって達成感を覚えている時の焼肉は、凄く可愛い顔をして笑うんだよ?」
そんな言葉を紡ぎながら、パクチーはギュッと此方に抱き着いてから顔を押し付けて来るのであった。
「私は、凄く幸せ。大好きな作家と一緒に暮らせて、苦楽を共に出来て。尚且つ“読者”だったら知る事の出来ない一面も見る事が出来る。それに、焼肉はちゃんと私を“愛してくれる”。だから私は、幸せだよ」
クリスマスというのは、本当に不思議だ。
普段だったら、間違いなく彼女はこんな台詞を紡ぐ事は無かっただろう。
しかし今日だから、特別な日だからこそこんな言葉を言ってくれた。
まるで告白するみたいに、まるで初々しい男女みたいに顔を真っ赤にしながら。
ただ静かに、彼女の言葉を受け入れたのであった。
「俺は、大した作家じゃない」
「でも私にとっては、人生を変える程の作家だよ。焼肉の話を読まなかったら、本気で漫画を描きたいって思ってなかった。私が絶対漫画家になろうって思った切っ掛けなんだよ? それまでは本当に何となくというか、絵を描くのが好きだっただけ」
「そんな話、初めて聞いた」
「クリスマスだからね、たまには良いかなって」
それを聞いて、彼女を正面から今一度抱きしめた。
俺が作家を続けている理由が彼女にあるとして、彼女もまた漫画を描き続ける理由が俺であるのであれば。
それは非常に歪で自己肯定的で、まるで相手の事など考えていない様な二人が寄り添っているかのよう。
でも傍から見れば支え合っている様な、不安定で美しい関係に見えるのかもしれない。
あぁくそ、俺の方がクリエイターとしては先輩なのに。
今では彼女の方が仕事の話が多いのが悔しい。
こういう時くらい、もっと強い男を演出したかったのだが……生憎と、俺には実績が伴わなかった。
でもいつか、いつか俺の原作で漫画を描いてほしいモノだ。
そんな事を、思ってしまったのであった。
俺の話を、この子に絵にして欲しい。
とても我儘で、個人がどうこう言っても叶わない絵空事だが。
それでも。
「叶うと良いな、パクチーの夢」
「うい、私は絶対焼肉の話をコミカライズするからね」
この願いが、叶って欲しいと心から願ってしまった。
彼女の為にも、俺の為にも。
その後がどうなるのか、今では想像も出来ないが。
叶うなら今まで通り、二人揃って喚きながらも一緒に仕事出来たら……幸せなんだろうな。
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