第11話 依存と銃火器


 その後何度かメールのやり取りをした後、事態は急展開を迎えた。

 この原作者、非常に協力的というか……“強力”な方だったのだ。


「わ、わ……わぁ……」


「強い」


 このキャラクターの射撃姿勢など、拘りなどありましたら教えて頂いてもよろしいでしょうか?

 という内容の質問を一つぶつけたとしよう。

 すると物凄い長文と共に、画像や動画が添付されてくるのだ。

 作者ご本人と思われるムキムキマッチョメンが、作中に登場する銃を構え、ビシッと決まったポーズを取っている。

 いやゴッツ!? 本当にこの人小説家かよ!?

 自衛隊で仕事しながら小説書いてますって言われても、普通に納得するレベルに巨漢だぞ!?


『こういう細かい所まで気にして下さって、私としてはとても嬉しいです。今後も何か迷う事がありましたら、連絡して頂ければすぐに参考画像を用意致しますので。ちなみに主人公の構えが○○式と言いまして、相手の方は――』


 間違い無く、マニアだった。

 原作者なら当然と思われるかもしれないが、以前にも行った通り“専門家に見せる”文章を書く人の方が多い。

 俺もその類だ。

 だからこそ、正直この熱量は凄いと素直に尊敬してしまう。

 が、しかし。

 彼の場合は初のコミカライズだったらしく、熱量があり過ぎたのだろう。

 とにかく協力姿勢が非常に強い。


『パクチー先生の漫画全部持ってます! 動きがとにかく丁寧に描いてあって超好きです! そこで、参考資料を提供したいと思っているのですが……住所などをお聞きするのは、流石に失礼でしょうか? 現物があった方が描きやすいかと思いまして。そちらがNGであれば、今の様な状態で参考資料の提出は出来ますので遠慮なくお声掛け頂ければ幸いです!』


 と、いう事らしく。

 呆気に取られた状態でウチの住所を送ってみると。

 後日。


「こ、これは……武器密入の現場?」


「なんか、凄い事になって来たな……」


 我が家に、大量の銃火器が送られて来た。

 もちろんすべてエアガンとかな訳だが。

 それでも、量が凄い。

 梱包を開いてみれば、次々と現れるゴツイ武器の数々。

 いやいやいや、ここまでは普通しないからね?

 コミカライズというと、結構漫画家さんにお任せって事の方が多いからね?


「こ、これ……ちゃんと保管して、傷一つ付けない状態でお返ししないと……」


 もはやプルプルしながら銃火器に触れるパクチーだったが、相手は「参考資料です! どうぞ! ご自由に使ってください!」とばかりに送って来ているのだ。

 一切“貸す”という言葉を使っていない以上……本当に好きに弄り回せと言う事なのだろうが。

 嘘でしょ、流石に好き放題触ったり出来ないわコレは。

 というかここまで資料提供する小説家居ないって。


「わ、私このコミカライズは絶対に失敗出来ない……ガッツリ銃描かないと……」


「が、頑張れパクチー……確かにここまでしてもらって、下手な物描けないよな……」


 如何せん、コレはちょっとやり過ぎって思ってしまう現場になってしまったのであった。


 ※※※


「主人公が女の子だからなぁ……焼肉、構え方ってコレであってる?」


「ちと待ってね、作者のポージングを見て……うん、大体そんな感じかな? あ、しゃがんだ時もう少し股を開いてる。安定性が増すって事なのかな?」


「でも主人公スカートだし、パンツ見えちゃいそうだけど」


「サービスカットって事で良いのかな? いや、戦場でパンツ云々言ってられんわって事かも。後で作者にパンチラ描いて問題ないか確認取ったら? 人によっては、そういうの逆に邪魔って人も居るし」


「硬派な話だと、そういうの嫌う人も居るしね。そうする」


 なんて会話をしながら、銃を構えたパクチーを写真に収めていく。

 これも立派な参考資料、やはり資料は多いに越した事は無い。

 ポージングに関しては作者の写真だけで十分なのだが、如何せん登場人物と体の大きさが違い過ぎる。

 というのと、男女の差と言う事もあってやはりポージングも微妙な差が生れるのだ。

 そんな訳で、俺達は相手から送られて来た銃火器を弄り回し、更にはモデルガンと実銃の違いなんかも解説して頂きながら日々原稿を仕上げているという訳だ。


「そろそろ一巻分は描き切るね。相手からの反応は?」


「作者さんはだいぶ喜んでるけど、担当さんはちょっとピリピリって感じかな? どうしても銃火器に拘り過ぎてギリギリになっちゃってる」


「まぁ、仕事だからねぇ。とはいえ原作者の追求したい所がココだったら、適当にも出来ないし」


「だねぇ」


 などと話しながら、彼女の写真を撮り続けていた訳だが。


「ずっと付き合って貰って何だって思うかも知れないけど、焼肉はお仕事平気なの?」


「無事、一本打ち切りになりました」


「ヤバイじゃん!」


 ハッハッハと笑いながら結果報告してみれば、彼女は非常に心配した様子で此方を睨んで来た。

 まぁ、作家をやっていればこんな事はあるあるだ。


「でも他の所で、初期段階から一緒に練ろうって話を貰ってるから。書籍確約だってさ、だからとりあえず何とかなるかな」


「焦ったぁぁ……やっぱ一から話を作るって大変だね。私は自分で描くのはショート漫画くらいだから、焼肉みたいに長編描こうとしたら脳みそ止まるもん」


 そんな事を言いながら、再びポージングを決めるパクチー。

 彼女に向かってシャッターを切りながら、ふぅとため息を溢してしまう。


「ほんと、ギリギリだよな。何とか食いつないでいるけども、いつだって崖っぷちだ」


「ま、ギャンブルみたいなもんだよね。人気が無くなったら即干されちゃうし」


 ケラケラと笑うパクチーが、ポーズを止めて此方に歩み寄って来る。

 そして、手に持っていた拳銃を自らのこめかみに押し付けながら顔を寄せ。


「もしも作家止めて普通に働くっていうなら、私はソレを応援するけど。本当に駄目だって、全部投げ捨てたくなっちゃった時は、ちゃんと教えてね? 私は、何処へだって付いていくから」


「怖い事言うんじゃないの、お前まで巻き込むつもりはねぇよ」


「巻き込んで欲しいから、私は一緒に暮らしてるんだよ?」


 多分、こういう仕事をしている人間はどこかしら吹っ切れているのだろう。

 彼女も、俺も。

 逃げ時を失っているのだ。

 そして何より、俺は彼女の存在が居たからこそ無理をしてでも“作家”を続けている。

 相手もまた、何かしらの“依存”を心に置きながらこの部屋に留まっているのだろう。

 結婚している訳でもない、互いに将来を夢見ている訳でもない。

 ただただ今を生きる為に藻掻いているだけなのだ。


「安心しろ、次の作品で返り咲いてやる。俺は天才だからな。それから冗談でも銃口を人に向けないの、自分だったとしても」


 なんて、思ってもいない言葉を口にしてみれば彼女は笑うのだ。

 自らの事を天才だなんて思った事は無い、だがそう言い聞かせなければ自信を持って作品が発表出来ない事があるのも確か。

 だからこそ、俺は今日も俺に嘘を付く。

 これだったらウケる筈だ、皆夢中になってくれるはずだ。

 不安を自信で押し殺して、震える指で自分の書いた物語を世界に晒して来たのだ。


「なら、安心だね。肉焼肉先生の作品は、どれも最高だもん」


「言ってろ」


「言ってるよ、ずぅっとね」


 そんな言葉を交わしながら、彼女は自分のこめかみから銃を退けるのであった。

 冗談だと分かっていても、少々来るものがあるな……この脅し。

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