第10話 やり取り


「ねぇねぇ焼肉、ちょっと相談に乗って」


「はいはい、今度は何でございましょう」


 いつもの様に二人共お仕事を続けていた所、ふいにパクチーが声を上げた。

 お互い背を合わせる形でPCを設置している為、振り返ってみたのだが。

 何やら「う~んう~ん」と唸りながらモニターを覗き込んでいる彼女。

 席を立って俺もソレを覗き込んでみれば。


「銃?」


 通販サイトが表示されており、ズラっと並ぶ銃の画像。

 もちろんモデルガンやエアガンと呼ばれる代物な訳だが、彼女がこういうのを見ているのは珍しい。

 俺も昔は好きだったのだが、今となっては購入する事も無くなってしまったが。

 いやでも、こうして見ると今なら普通に買える値段だなぁ……昔は買えなかった高いヤツとか、一丁くらい欲しいかも。

 なんて、関係ない事を考えていれば。


「またコミカライズの話を貰ったんだけど。どうにもその作品、銃が結構出て来るみたいでさ」


「それはまた、描けるの? 結構描き込む個所多くない?」


「サンプル描いて送ったら、OK貰った」


 であるなら、問題ないというか。

 他の心配要素でもあるのだろうか?

 はて、と首を傾げながら一緒に画面を眺めていれば。


「こうさ、射撃動画とか見ててもいまいち構えとかが分からないというか。映画とかアニメとか見ても、結構動き回ってバンバン撃つじゃん? でも正式な構え~とか検索しても、物凄くビシッとしているというか。結構現代ファンタジー的な作品だから、アニメなんかに寄せた方が良いのかなぁって」


「あぁ~なる程。つまり欲しいのは銃そのものって言うより、ソレを持った時の動きの資料が欲しいのね」


 これも漫画家あるあるなのだろうか?

 知り合いの漫画家さんも、確かに資料としてこういうの買うって聞いた事あるし。

 そのままガンマニアになってしまった人も数名記憶しているが。


「いいんじゃない? 買ってみたら?」


「それが大きいのとハンドガン両方使うからさ……結構な御値段に。しかも何か種類によって構え方が違うみたいで、アサルトライフルとサブマシンガン? 何なのさこの二つの違いは。どれ買えば良いのってなってる」


「あぁ~その辺りはアレだね、原作者に拘りがあった場合大変だから、ちゃんと聞いておいた方が良いかも」


 とか何とか話している内にパクチーは担当さんにメールを送り、原作者と直接やり取りして構わないかの確認を取っていた。

 契約した会社にもよるのかもしれないが、あまり漫画家、またはイラストレーター。

 つまり一緒にお仕事をする相手と、原作者が直接関わる事を良しとしない所も少なくない。

 チラッと聞いた話と言うか、風の噂程度でしかないが。

 クリエイター同士が直接やり取りした時に喧嘩になったり、会社を挟まない所で話を進めてしまって暴走する事態を警戒しているんだとか。

 前者に関しては単純に人間関係の問題になる上に、同じ作品を扱っているのに仲が悪くなるのは良くない。

 至極簡単な話、仕事をする上でトラブルを最小限にしようって訳で。

 後者に関しては非常に問題で、編集者を挟まず話を進めた結果ボツになりかねないモノが出来る可能性があり、それは会社としては一番避けなければいけない事態。

 作業時間も取られる上に、担当編集が受け取るのは出来た後の物。

 この事態に陥った時に「原作者にそう言われたから」と言われてしまうと、編集側としては何も言えなくなってしまうそうだ。

 コレだけだと漫画家が問題にされそうだが、実際には原作者も同罪。

 というか原作者にこうしてくれ、という指示を直接受ければ、コミカライズを担当している以上従うしかないというのも本音だろう。

 と言う事で、仕事の事で直接やり取りは正直良くないと俺も思っている。

 あくまで仕事として意識した上で、担当さんを挟み第三者の意見も取り入れながら“依頼”するべきなのだ。

 作品がコミカライズされ、漫画という媒体になった場合は。

 原作者としては自らの手を離れた、という認識が正解に近い気がする。

 絵にしてくれるだけでも凄いのに、こっちは漫画を描いた事なんて無い素人なのだから。

 聞かれない限りはお任せする、というかそれ以外出来ないのも確かだ。

 あまり口を出しても、相手の迷惑になりかねないし。


「あ、担当さんから通話来た……」


「ういさ、んじゃ終わったら教えて。俺が聞く訳にもいかないし」


 厳密に言えば、同棲しているからと言って、この手の話を洩らしてしまうのも不味いんだが。

 その辺りは、流石に全てを守っている作家の方が少ないのではないだろうか。

 本来は告知許可が下りる前に、「書籍化する!」という話さえ家族にだって漏らしては契約違反になるのだから。

 社外秘の機密を、家族とはいえ他人に漏らしてしまっている行為に当て嵌ってしまう。

 とはいえまぁ、そこまで煩く言って来る出版社は見た事が無いけど。

 そんな事を考えつつ、暫くキーボードを叩いていると。


「焼肉、終わったー。銃で悩む都度担当さん通して連絡してたら、流石に時間掛かり過ぎるから、原作者さんの邪魔にならない範囲で聞いて良いってー。向こうにも許可取ったってさー」


 ほぉ、こりゃまた珍しい。

 そして原作者の人が、どこまで協力的かがキモになって来る事態に発展した様だ。

 とはいえ、コミカライズの場合は絶対に手を抜きたくないというパクチーだ。

 このままサラッと描いて終わりって事はないと思っていたが。

 はてさて、どうなる事か。


「焼肉……メールの文章これで良いと思う? 失礼じゃない? 言い方間違ってない? あと、聞いておく内容ってこれだけで足りるかな?」


 さっきまでの緩い態度はなんだったのかと思う程、彼女は原作者に送るメール内容をビクビクしながら見せて来た。

 作家として登録している以上、俺達は社会人だ。

 しかしながらこの手のやり取りに慣れているか、と言われると大体NOと答える。

 営業職とか管理職とか経験していないのなら、知らない人にメールを送るという行為さえ必要以上に警戒してしまうのだ。

 もっと言うなら、彼女場合得意分野が絵。

 文章という意味では、俺の方が慣れているのは確か。

 と言っても俺が得意としているのは物語であり、業務メールが得意と言う訳ではないのだが。


「ちょっと挨拶が長いね。作品を褒めるのは良いけど、今送りたいのは質問のメールだから。感想を長々書かれても、相手も何かしら返事を考えちゃうと思うよ。本題はその後の話だから、そっちに意識を集中させられる内容にしよう」


「うぅぅ……こういうのやっぱり苦手、というか初めての人にメール送るの慣れない……」


「あ、それから。ココ文章おかしい」


「焼肉ぅ! 校正してぇ!?」


 何だかんだ仕事を貰って来る癖に、パクチーは非常に内弁慶なのであった。

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