第9話 際どい描写
「焼肉! エッチを非常に柔らかく表現するとしたらどうする!?」
「にゃんにゃんする」
「言い方の問題じゃねぇのよ! ていうかにゃんにゃんって何!?」
いつも通り、パクチーが吠えていた。
どうやらお色気シーンに突入してしまったらしい。
「全カットで、翌朝シーンじゃ駄目な訳? 今描いてるの全年齢でしょ?」
「でも描きたいの!」
「あ、そう」
ため息を溢しながら相手のモニターを覗き込んでみれば、出版側から見ればびっくりするであろうエロシーンが。
「ボツ」
「ですよねぇ!」
R18の漫画を描いてる訳じゃないんだから、駄目でしょ。
ここまで深い絡みを描くなよと言いたくなる描写が満載で、画面全体にノリを張りたくなってしまった程だ。
生憎と表示のほとんどが海苔漫画では、流石に不味い。
あと印刷した時のインク代が凄い事になりそう。
本まで行けば海苔は剥がれるから良いのかもしれないけど。
「表情アップとかじゃ駄目なの? そういう雰囲気を残しながらって事でも、他が全く映ってないなら文句は言われないでしょ」
「身体を重ねる事で物語が色々……こう、お話のトリガーに関わって来る的な……」
「あぁ~つまり、話の本筋をそこに置いちゃったのね。そりゃ適当にカット出来ないわな」
そりゃまた厄介な。
現状の出版において、“本”として出すなら描写に関してはそこまで厳しくはない。
が、しかし。
そう言うシーンが問題になって来るのは、むしろネット。
普通にアカウントが凍結を食らったり、BANされたりと色々。
あとは読者の反応が様々っていうのが一番の問題だろう。
今まで読んでいた人からすれば“やっとか!”というシーンであっても。
何故かそういうシーンだけ色んなコメントで盛りだくさんになったりするのだ。
まぁ、海苔だらけなら餌食になるわな。
「ちなみに、何を参考にしてこれ描いた?」
「エロ漫画!」
「馬鹿野郎」
パクチーがいつも通り勢いで漫画を描いているのは分かっていたが、それは参考が良くない。
そんなモノを見ながら書いたら、当然R18に踏み込んでしまうわ。
あと、平然とエロ漫画を片手に後ろで作業されるこっちの身にもなれ。
「ちょっとこの漫画の資料頂戴。それを読んだ上で、エロくなり過ぎない程度に文字にするから。それを“コミカラズ”して」
「ほんっと、本当ぉぉに……いつもありがとうございます」
「同棲相手が小説家の特権だね、存分に利用してくれて良いよ。その逆もまた然り、だけどね」
と言う事で彼女から今描いている漫画の資料を預かり、文字に起こしていく。
これだけなら、いつも通り。
絵にした時にアウトにならない程度を想像しながら、ギリギリを攻めた文章を起こす。
この辺りも、漫画と小説では違いがある。
漫画で局部を描く事がNGって会社もあれば、乳首とか書いちゃっても問題無しって所も多い。
まぁ作品をどの世代に売っているかって話になるのだろうが。
逆に小説では、そのラインが曖昧な事が多い。
陰部を描写する言葉を使ったり、“明らかに”という表現をしない限り。
紙に書かれるのは全て文字列。
どう想像するのかは読者次第になり、結構攻めた表現も出来るという訳だ。
当然直接的な表現を避ける努力は必要になるが、そんなものはいつもの事。
戦闘シーンを描いている時に、ナイフが突き刺さって相手は苦痛な表情を浮かべながら泣き叫んだ。と書いたとしよう。
これだけの文章でも、もちろんエグイ想像をする人は居るだろう。
逆に一般アニメなんかに慣れている人であれば、ある程度自身で補足しながら想像する筈。
だがコレを事細かに表現したらどうなるかと言うと。
相手の首に刃が当たり、ブツリという感触と共に動脈に銀色に輝く刃物が入っていく。
傷口は目に見えて開いて行き、動脈の断面が確認出来る程。
そこから溢れ出す血液が、此方に振りかかる程の……くらいに書くと、想像出来る人にとっては「気持ち悪い」って言われる事も多々。
ちなみに本になる場合は、表現よりワードで規制が入ったりするけど。
この言葉を、漢字を、表現を使ってしまうとアウト、みたいな。
下手すると印刷物回収まで入るって聞いた時には、焦って原稿を見直した程だ。
とまぁそっちの話は良いとして、今はパクチーの漫画の軌道修正。
身体を重ねるという描写に関しても、事前描写を深く書いてやれば“この後そうなったんだな”って理解も想像も出来る訳で。
此方が出来る事はセーフなラインで尺を稼ぐ、というか引き延ばす。
キスをした、相手の体に触れた、ちょっとだけそれらしい所に触れて相手から普段とは違う反応が返って来た。
これくらいなら、ほぼセーフなのだ。
だからこそ、そちらに注力して本番の描写は避ける。
当たり前だが、俺達はAVを作っている訳では無いので。
「う、うわぁ……焼肉が書くと、前戯のさらに前の描写でもエロイね……本番どうなるのコレ」
「お馬鹿、コレを描いて本番描写を減らす努力をしてるんだろうが」
後ろから覗き込んでいるパクチーが、ゴクリと喉を鳴らしながらそんな事を言って来た。
読んだ人間がそれだけ興奮できる材料が揃えられたという意味では、まず合格ラインと思って良い筈。
書いている本人では、その判断は出来ないが。
しかしながらパクチーがエロイと感じたのなら、それは彼女の中で想像出来ていると言う事。
つまり、これでOKなのだろう。
存分に健全なエロを描けば良いさ。
テンション上がってそのまま本番描写描かない事を祈る。
「とりあえず書けたから、コレでネーム描いてみて。本番に至る前の描写で十分“そう言う気持ち”になれたのなら、物語として肩透かしは無いんじゃない?」
「……いやほんと、いつもありがとうございます。あとベッド行かないっすか?」
「ちゃんと二人共、仕事が終わったらね」
「超描く! すぐ描く!」
何やら燃え始めたらしい彼女にため息を溢しながら、此方も自分の仕事を再会するのであった。
とりあえず彼女が描き終わる前に、此方もキリの良い所まで書き上げないと。
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